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Profile | プロフィール

くさなぎ・ようへい/株式会社東京ピストル代表取締役、編集者
1976年、東京都生まれ。あらゆるネタに対応、きわめて高い打率で人の会話に出塁することからついたあだ名は「トークのイチロー」。インテリア会社である株式会社イデー退社後、2006年株式会社東京ピストルを設立。ブランディングからプロモーション、紙からウェブ媒体まで幅広く手がけるクリエイティブカンパニーの代表として、広告から書籍まで幅広く企画立案等を手がける次世代型編集者として活躍中。

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ブログ「トークのイチロー就活日誌」

1976年、東京都生まれ。あらゆるネタに対応、きわめて高い打率で人の会話に出塁することからついたあだ名は「トークのイチロー」。インテリア会社である株式会社イデー退社後、2006年株式会社東京ピストルを設立。ブランディングからプロモーション、紙からウェブ媒体まで幅広く手がけるクリエイティブカンパニーの代表として、広告から書籍まで幅広く企画立案等を手がける次世代型編集者として活躍中。

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くさなぎ・ようへい/株式会社東京ピストル代表取締役、編集者
1976年、東京都生まれ。あらゆるネタに対応、きわめて高い打率で人の会話に出塁することからついたあだ名は「トークのイチロー」。インテリア会社である株式会社イデー退社後、2006年株式会社東京ピストルを設立。ブランディングからプロモーション、紙からウェブ媒体まで幅広く手がけるクリエイティブカンパニーの代表として、広告から書籍まで幅広く企画立案等を手がける次世代型編集者として活躍中。

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ブログ「トークのイチロー就活日誌」

1976年、東京都生まれ。あらゆるネタに対応、きわめて高い打率で人の会話に出塁することからついたあだ名は「トークのイチロー」。インテリア会社である株式会社イデー退社後、2006年株式会社東京ピストルを設立。ブランディングからプロモーション、紙からウェブ媒体まで幅広く手がけるクリエイティブカンパニーの代表として、広告から書籍まで幅広く企画立案等を手がける次世代型編集者として活躍中。

NEWS | ニュース

1) 今の仕事を教えてください

肩書としては「株式会社東京ピストル」の代表です。
東京ピストルはエディトリアルとデザインの可能性を広げるために2006年に設立。エディターとデザイナーの両者がクロスオーバーして作り出すことをコンセプトに、今は紙やウェブなどの媒体の編集はもちろん、イベント運営、デザイン、ブランディングからプロモーションまで“クリエイティブな領域”を幅広く手掛けています。ショップのプロデュースや運営もしたり、最近だと、グラノーラ専門店である「GANORI」が話題ですね。 でも「何をやっている人なのか分からない」とよく言われるので、「編集者」と名乗っています。編集者というと、広義では雑誌や本を作ったりする人と位置づけられますが、僕はもっと広い意味で捉えています。雑誌を作るのもおもしろいのですが、「ウェブでおもしろいモノがどんどん出てきているのに、ずっと雑誌だけ作っているのもどうなんだろう」と20歳前半から思っていました。だから、自分は単に雑誌や本を作るだけの編集者ではなくなってしまった。今、携わっているさまざまなこともその思いから広がっていった感じです。

2) 草彅さんにとって“編集”とは?

「良いものを世の中に訴えて後世に残す」のが編集だと思っています。たとえば、ある場所が誰にも使われずに空いている。その空間を再び人が来るようにクリエイティブすること。それも編集の力なのではないかと思っています。普通は編集というと“メディア”を使うものを指すけれど、僕にとってイベントも新規事業の立ち上げもすべてメディアです。そういう考え方なので、編集の世界の中で、僕は異端なんでしょうね(笑)。 編集者はいちばんズルい立場だと思っています。僕自身も何も作れないから編集者に落ち着いた。「こんな写真が撮れる人を呼ぼう」「こういう構成にしてスタイリングは誰にしよう」。目的にあったクリエイターをセレクトして、まとめる。つまり、モノは作れないのだけど、企画そのものの大枠を握っているプロデューサーが編集者ですよね。むちゃくちゃズルい立場だと思っています(笑)。

3) カフェ「BUNDAN」を作ったきっかけは?

僕は長年本好きであったし、特に文学に対して何かしたかったんです。そこで作った「BUNDAN(ブンダン)」という店は、僕の中の「文学」を体現化した場所。あそこに置いてある2万冊の本は、全部、僕が通過してきたもの。僕の頭の中そのものなんです。このお店では「宇野千代さんが作ったレシピ」を再現した料理のように、文学と関係したメニューが置かれているコンセプチャルなカフェになっています。 文学が読まれないと言われるいまだからこそ、文学の素晴らしさを伝えるお店を作りたかったんです。総本山である日本近代文学館という場所だからこそ、実現できました。

4) グラノーラ専門店「GANORI」を作ったきっかけは?

Facebook見てたら、まわりの人間、特に女の子たちがやたらグラノーラを食べていたんですよね。それを見て「これはいいなぁ」と思ったんです。当時、専門店はあったけどまだブームにはなっていない状況で。しかも、調べていくとグラノーラの歴史や発祥って、意外と誰も分かっていない。アメリカにすら、それがいつできて、どうやって広まったかがきっちり残っていないんですよ。歴史が不明確っていうのもおもしろいなと。だから自分がそれを調べて、第一人者になろうと思ってはじめました。

5) 仕事における自分のこだわりってなんですか?

ビル・ゲイツだって、最初に作ったのは信号機のソフト。最初に作ったものと今作っているものが変わっていのは自然の流れ。だから、5年後に同じことをやっていてはダメだと思うし、次々に仕掛けて、どんどん変わっていかないといけないと思っています。僕は流行を決して追い求めませんが、なぜか誰よりも早く、数年後流行るものにいつも夢中になっています。だからいろいろな人に「これから何が面白いですか?」と尋ねられるのですが、夢中になれるのが自分の一番の良いところなんでしょうね。

6) 草彅さんにとっての“情報”とは?

知らないことをなくしたいと思っているんですね。知っていると何でも話が盛り上がる。情報は人生の潤滑油です。
モノ作り、書き手として自分よりも優れているなと思う人が僕にとって尊敬する人で、そういう方は大概勉強家でよくものを知っています。そうした方と渡り合っていくためには、日々勉強が大事だと思っています。

7) 草彅さんにとってのモノ作りとは?

モノ作りをすることで、生きている証を作っている気がするんです。たとえば、子どもに「お父さん、何をしているの?」と聞かれたとき、一冊でも雑誌を作っているならば、目の前に出すことができる。それがその人の証だと思います。雑貨屋でもWEBサービスでもなんでもいい。自分で作ってみることがその人の自信となり、支えになると思っています。

8) 挫折の経験はありますか?

あります。数年前に役員をやっていた通信会社が大炎上したこともありました。ただ、渦中にいて凄まじい経験をしたからこそ、誰かが同じようなことになったときに助けに行けます。

9) 仕事の上でのポリシーは?

既存の“良くないもの”を、僕が入ることでいい感じに“良いもの”に変えていくということ。
それには編集とデザイン、何よりセンスが大切です。良いものをより良く、悪いものを良くするために、世の中の風通しを良くしていきたいです。 またこの世に不満があるのならば自分で変えてしまおうと思っています。
たとえば文学をおもしろくする仕事を既存の出版社がやってくれないので、自分でやってしまったのがBUNDANでした。不満はビジネスのヒントであり、クリエイティブの源です。世の中に文句があるなら自分たちで変えていくべきだと思っています。

10) 今、いちばんやりたいことは?

今、やりたいことが、山積みの状態なんです。
編集者がその町に住んで交流しながら作っていく東京23区のハイパーローカルなシティーカルチャーガイド「TO mag」も2015年の夏から自社で刊行しはじめることになりました。またさまざまな新規事業が頭の中にあります。 「このサービス作ったの草彅くんだったんだ! おもしろいね」 そう言われたいがために、日々虎視眈々とさまざまなものに目を光らせます。

TEXT:粟野亜美

PHOTO:神藤 剛

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