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Profile | プロフィール

かなもり・かお/ファッションブランド『シアタープロダクツ』プロデューサー
NPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』理事/イベントプランナー
セントラル セント マーチンズ カレッジ オブ アート アンド デザインの批評芸術学科を卒業後、チンドン屋をして出版社リトルモアに勤務。2001年にデザイナーの武内昭氏、中西妙佳氏と『シアタープロダクツ』を設立、現在まで広報ほかコミュニケーションにまつわる企画やマネジメント業務を担当。2010年にはNPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』理事に就任。また2012年、包装材料問屋シモジマの新業態『ラップル』のオープンに際し、クリエイティブディレクターを担当。
シアタープロダクツ 公式HP
ドリフターズ・インターナショナル 公式HP
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セントラル セント マーチンズ カレッジ オブ アート アンド デザインの批評芸術学科を卒業後、チンドン屋をして出版社リトルモアに勤務。2001年にデザイナーの武内昭氏、中西妙佳氏と『シアタープロダクツ』を設立、現在まで広報ほかコミュニケーションにまつわる企画やマネジメント業務を担当。2010年にはNPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』理事に就任。また2012年、包装材料問屋シモジマの新業態『ラップル』のオープンに際し、クリエイティブディレクターを担当。

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かなもり・かお/ファッションブランド『シアタープロダクツ』プロデューサー
NPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』理事/イベントプランナー
セントラル セント マーチンズ カレッジ オブ アート アンド デザインの批評芸術学科を卒業後、チンドン屋をして出版社リトルモアに勤務。2001年にデザイナーの武内昭氏、中西妙佳氏と『シアタープロダクツ』を設立、現在まで広報ほかコミュニケーションにまつわる企画やマネジメント業務を担当。2010年にはNPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』理事に就任。また2012年、包装材料問屋シモジマの新業態『ラップル』のオープンに際し、クリエイティブディレクターを担当。
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セントラル セント マーチンズ カレッジ オブ アート アンド デザインの批評芸術学科を卒業後、チンドン屋をして出版社リトルモアに勤務。2001年にデザイナーの武内昭氏、中西妙佳氏と『シアタープロダクツ』を設立、現在まで広報ほかコミュニケーションにまつわる企画やマネジメント業務を担当。2010年にはNPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』理事に就任。また2012年、包装材料問屋シモジマの新業態『ラップル』のオープンに際し、クリエイティブディレクターを担当。

1) 今のお仕事について教えてください

メインのお仕事は『シアタープロダクツ』(※1)のプロデューサーです。コレクションのテーマ設定に沿ったビジュアル制作に、シーズンごとのキャンペーンやイベントの考案など……。13年間のブランド運営の間は様々なことがあるので、業務は多岐に渡っています。はたして「プロデューサー」という呼び名が正しいのか分かりませんが(笑)。単に服を作って売るというだけではなく、コンセプトや世界観も含めてお客様にいかに届けるかがブランドの価値を形づくるもっとも大事なことのひとつである、という認識がベースにあるので、お客様とどういう形でつながればいいのかデザイナーのアイデアを広げながら伝え方を提案する。言わば“コミュニケーションのディレクション”が仕事だと思っています。

2) 『シアタープロダクツ』が生まれたきっかけは?

以前は出版社『リトルモア』に勤務し、新刊書籍のプロモーションにまつわる展示を中心にギャラリーの運営企画を担当していたんです。そこで自主企画を提案しようと、ふと足を運んだグループ展でデザイナーの武内らと出会い、その作品がやけに気になりまして。『何かおもしろいことを一緒にやってみよう!』とギャラリーの企画の一環として『シアタープロダクツ』を作ったんです。ブランド名やコンセプトを作り、会社も一緒に立ち上げて。しばらくは二足のわらじで続けていましたが、どんどん忙しくなってきたので軸足を完全に『シアタープロダクツ』に移しました。表現したいものを凝縮して作るのがデザイナーで、それをどう届けるか考えるのが私の役割。「ファッションがあれば世界は劇場になる」それが創業時からずっと変わらない私たちの表現の形であり、コンセプトです。

3) 劇場というキーワードが出ましたが、演劇とは繋がりが深いのですよね?

両親とも劇団で仕事をしていた関係で、子どもの頃から稽古場に行き、よく芝居を観に行く環境でした。今でも覚えているのは、たしか5歳のとき。日生劇場で行われた子ども向けの人魚姫のミュージカルを観に行ったんです。最後のカーテンコールを迎え、客席に降りてきた人魚姫を見ると…よく我が家に遊びに来て一緒に遊んでくれる憧れのお姉さんだったんですよ。ファンタジーの世界がいつもの日常に不思議な角度で差し込んでくるその感じが、子どもながらにすごく鮮烈で。さらに劇場という空間のなか、舞台上の物語がこちらにやってくるダイナミズムにすごく魅せられました。
のちにロンドンのセント・マーチンズ(※3)に留学し、コンテンポラリーアートと身体芸術を勉強しました。授業の内容はとてもおもしろかったのですが、ジャンルがマニアックであることもあって、接続できるオーディエンスが限られているな、という思いもあり。そんななか、私の学科にはいない日本人がいる、という理由でファッション学科によく遊びに行き、卒業制作を手伝ったりもしていました。そのとき、ファッションは身体芸術的な面もありながら、日常生活にリアルに溶けこむ力も持つおもしろい表現手段だな、と気がつき感動して。もちろん当時はファッションを仕事にすることになるとは思ってもいませんでした。

4) 今の仕事につながる経緯はどのようなものだったのでしょう?

日本に戻ってすぐ「リトルモア」でアルバイトを始めました。アートやパフォーマンスに興味があったのと、いろんなクリエーターが出入りする「リトルモア」は、当時の東京のなかでも“おもしろいものが生まれてくる場所”というエネルギーに満ちていたんです。その頃は、帰国後すぐにスタートしたチンドン屋の仕事も続けていました。『なんでチンドン屋?』ってよく聞かれるのですが、あれもひとつの身体芸術ですし、いま振り返ると昔から宣伝するのが好きだったのかもしれませんね(笑)。オリジナルの衣装を作って、ギャラリーのオープニングとかフェスティバル初日の賑やかしとか、古くからいるチンドン屋さんとは重ならない仕事を一生懸命探して。でも残念ながらチンドン屋では食べていけず、事業を作る難しさを学びました。そのうちリトルモアの刊行物をPRするギャラリーが立ち上がる運びとなり、担当になり、正式に社員となりました。新刊のプロモーションや展示を軸にしつつ、自主企画展やトークショーを開催。迷いながらも一生懸命企画やPRのノウハウを覚えていった感じで。そして『シアタープロダクツ』に出会うわけです。

5) ブランドの世界観を表現するために、たとえばどんな企画でしょうか?

たとえばブランドがスタートする以前からデザイナーが続けている『CUT & SEWN(カット アンド ソウン)』があります。巨大なパッチワークの布を作り、お客様が自分で型紙に合わせて布をカット。その場で縫って着て帰る、という企画です。パターンという平面的なものから服が生まれる、と頭では分かっていても、実際目の当たりにすると服の見え方が変わる、という服の原初的な感動に立ちあうことがことができる企画です。さらに『シアターユアーズ』という企画では、“既製服の販売”という枠を超え、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(※4)をつけて型紙を公開したり、生地のみを先に販売したりもしました。どちらも一般的なコレクションと比べて、時間の区切り方やどこまでを商品とするかという線引きを実験的に組み替えています。服の持つ価値や可能性そのものにもう一度気づいてもらおう、という試みを表現したわけですね。

6) 金森さんの得意分野である「演劇」を活かしたプロジェクトはありますか?

常に「どう演劇を具現化するか」ということは考えていますので、店頭イベントやショーにしても、DM制作・SNSでのキャンペーンでも、すべてにそのことは活かされていると思います。その中でもとりわけ、2011年のファッションショー『海のバレエ』は忘れられません。横浜に停泊している帆船・日本丸を舞台にし、船そのものが服工場であるという設定のもとショーを行いました。来場者は決められた順路をめぐりながら、各部屋で行われるピアノ演奏やバレエなどコラボしたショーを観るのです。ファッション的な文脈で考えると、立地的に横浜でショーをやるのは遠さのリスクもありますのでとても珍しいです。しかし、ジャパンファッションウィークとヨコハマトリエンナーレを重ねたタイミングで他にも回遊できる企画を考え、横浜にしかない素敵な船の中で魅力的なコンテンツがあれば集客も可能ではないか、という仮説を立てていました。また、単に“モデルが服を着て歩く”だけではなく、こどもバレエ団とコラボレーションを行うことで、ファッションを通じたコミュニケーションの幅が広がることに意義を感じました。そして子どもたちが普段とは異なる新しいクリエーションの機会に触れることで、表現の新しい可能性に気づいてくれたらいいな、という思いもありました。
私が理事を務めるNPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』でも、地域資源の再活用というのは大切なテーマなので、多様な価値を生みだした現場として印象的でした。

7) いまお話に出たNPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』とは?

ファッション、建築、デザイン、演劇などクリエイティブ分野にいる人たちの情報交換や人材育成の場をつくることをひとつの目的を目指したNPO法人です。業界内だけで閉じこもらず、ジャンルをこえてもちろん東京だけではない地域コミュニティとも関わり合いながらプロジェクトを作ってきました。当初は2009年に行われた『スペクタクル・イン・ザ・ファーム』(※5)という芸術祭がきっかけで誕生しました。もともとは『シアタープロダクツ』のデザイナー武内から「牧場でコレクションをしたい」というアイデアが出てきて、牧場のリサーチをするうち那須に出会ったことがはじまりです。牧場以外のさまざまな観光資源にも魅力を感じていたのと同じ頃、東京での仕事を通じて現在一緒に理事を務める建築家や舞台芸術家らとの出会いがありました。そのとき「地域にある観光資源と東京の多様なクリエーターをつなぎ合わせて、ダンス、音楽、演劇、ファッションまで、いろんなものが1日泊まりがけで楽しめる1泊2日旅行にしてしまったら楽しいのではないか?」というアイデアが湧いてきまして(笑)。いろんな場所とさまざまなクリエーター同士のコラボレーションを企画していくうちに、なかなかなサイズの芸術祭になってしまいました。結果的に若い観光客の獲得という面でも評価を頂きましたが、今まであまり接点がなかった新しい地域内交流が生まれたことも喜んで頂けたことも嬉しかったです。地域の資源を、新しい側面からクリエイティブを通じて利活用する、というテーマは現在でもNPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』のひとつの軸になっています。

8) 新たな試みとして、シモジマの新業態店舗『ラップル』のディレクションも手がけたそうですが

渋谷パルコとシモジマ(※6)が立ち上げた、ラッピングとDIYの専門店が『WRAPPLE wrapping & D.I.Y.』(ラップル)です。私がNPO法人『ドリフターズ・インターナショナル』で、いろいろなワークショップの企画をやっていたのがきっかけで声をかけていただいて。お店のネーミングやロゴデザインは、アートディレクターの植原亮輔さんが考えてくださいました。名前の由来はラップ(包む)とアップル(りんご)を掛け合わせた造語。りんごの皮をむいていくとリボンになる、というロゴマークは、皮もアイデアひとつでリボンにできる=ふだん当たり前に見ている包装紙やリボンも使い方次第でかわいくできる、という思いが込められています。もともとシモジマには商品力があり、魅力的な商材をたくさん取り扱っていると分かっていたので『料理すればこんなことまでできる!』という可能性を表現できたらおもしろい、というのが狙いでした。ひとつひとつを素材として捉えて多彩なワークショップをしたり、たとえばお弁当にいれるハランとか寿シールは、外国人の目線でみるとエキゾチックな商品なので、見せ方次第で“キャッチーでおしゃれな東京のおみやげもの”みたいに映るのではないか、とかですね。オープン当初はそういう発想の転換イメージを伝えるところからスタートしましたが、今はお店のスタッフさんが自ら考えて店頭作りをしています。お店とは、お客様と現場のスタッフが育てていくものです。

9) これからどんなことに挑戦してみたいですか?

オリンピックを前に、東京には注目が集まってくると思いますし、“観光”というのは重要なキーワードになっています。「ちょっとしたアクションひとつで街の風景の見え方が変わる」という事実にチンドン屋時代から興味を持っていますので、いまは東京の多様な見え方を表現するプロジェクトができたらおもしろいのではないか、と考えています。東京近郊の都市も含め、まだ表面化していない、新しくてクリエイティブなムーブメントを探るツアーとか、私自身がそんな街の魅力をもっと知りたいと思っています。

TEXT:木内アキ

PHOTO:神藤 剛

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