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かまだ・ありさ/モデル、タレント
1992年、徳島県生まれ。高校進学と同時に単身上京。在学中にギャル雑誌『Ranzuki』でモデルデビュー。撮影などの活動を続けながら、2011年に慶應義塾大学・総合政策学部に現役合格。現在は同大学の大学院に進学、芸能活動も続けている。途上国の支援活動に関心が高く、自身のブログでも情報を発信。JICAの『なんとかしなきゃ!プロジェクト』のメンバーにも選出され、フェアトレード製品の制作やスタディ・ツアーの企画などを行っている。ニックネームは「ありちゃん」。

鎌田安里紗オフィシャルブログ
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1992年、徳島県生まれ。高校進学と同時に単身上京。在学中にギャル雑誌『Ranzuki』でモデルデビュー。撮影などの活動を続けながら、2011年に慶應義塾大学・総合政策学部に現役合格。現在は同大学の大学院に進学、芸能活動も続けている。途上国の支援活動に関心が高く、自身のブログでも情報を発信。JICAの『なんとかしなきゃ!プロジェクト』のメンバーにも選出され、フェアトレード製品の制作やスタディ・ツアーの企画などを行っている。ニックネームは「ありちゃん」。

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かまだ・ありさ/モデル、タレント
1992年、徳島県生まれ。高校進学と同時に単身上京。在学中にギャル雑誌『Ranzuki』でモデルデビュー。撮影などの活動を続けながら、2011年に慶應義塾大学・総合政策学部に現役合格。現在は同大学の大学院に進学、芸能活動も続けている。途上国の支援活動に関心が高く、自身のブログでも情報を発信。JICAの『なんとかしなきゃ!プロジェクト』のメンバーにも選出され、フェアトレード製品の制作やスタディ・ツアーの企画などを行っている。ニックネームは「ありちゃん」。

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1992年、徳島県生まれ。高校進学と同時に単身上京。在学中にギャル雑誌『Ranzuki』でモデルデビュー。撮影などの活動を続けながら、2011年に慶應義塾大学・総合政策学部に現役合格。現在は同大学の大学院に進学、芸能活動も続けている。途上国の支援活動に関心が高く、自身のブログでも情報を発信。JICAの『なんとかしなきゃ!プロジェクト』のメンバーにも選出され、フェアトレード製品の制作やスタディ・ツアーの企画などを行っている。ニックネームは「ありちゃん」。

NEWS | ニュース

1) ギャル雑誌でモデルをしながら慶應大学に合格。「勉強」と「ギャル」先に興味を持ったのはどちらですか?

勉強のほうが少し早かったですね。中学校に入学して最初のテストで、一生懸命勉強したら学年で5番になれたんです。それ以来、勉強が楽しくなって。ギャルになったのは中学2年の頃。単純にファッションとして「可愛い!」と思ったのと、好きなスタイルを純粋に楽しんでいる感じがいいなと。で、突然お風呂で髪を染めてみたりして(笑)。私の地元では、髪を染める=ヤンキーのイメージだったみたいで、髪の色が変わっただけで先生や友だちから「ヤンキー」のレッテルを貼られました。自分でも「見た目が派手なのに真面目なのはおかしいのかな?」と混乱しましたし、ギャルしながら勉強も頑張ることが矛盾のように思えて、苦しかったんです。 それで高校を決めるとき「ギャルと勉強、両方やれるところがどこかにあるはず」とネットで検索、当時から興味があった国際系の勉強もでき、服装なども自由な学校を見つけました。そこがたまたま東京だったんです。

2) 15歳で上京を決意するとは、若いうちから自立していますね!

自己矛盾を解消するにはこの方法しかない、と思っていたので決意は固かったです。最初のうち両親は反対していたので、3カ月間、毎日1時間くらい行きたい理由を切々と語って説得しました(笑)。ようやくOKの返事をもらったのが中学3年の12月だったので、最後の3カ月はもう死ぬほど勉強して、ギリギリ合格した感じです。いま振り返っても、あのとき上京しなければ今の自分はないですから、15歳の自分の頑張りに感謝しています!

3) モデルになったきっかけは?

当初モデルになるつもりは全然なく、それよりも「109」のショップ店員になりたかったんです(笑)。ただ、求人は18歳以上がほとんどだったので、募集のある・なしに関わらず109に入っている全ブランドに履歴書を送りました。でも全部落とされまして。あきらめきれずビルの中を歩いて募集の張り紙を探していたら、1店舗だけ年齢制限がないブランドを見つけて、その場で「15歳だけど働けますか?」とアプローチ。後日、OKの返事をいただけて! バイトを始めてからしばらく経ったある日、たまたま休憩中に大好きな『Ranzuki』(※1)のモデルさんがいたんです! 見とれていたら、一緒にいた編集の方が「スナップに映りませんか?」と声をかけてくれて。そこから少しずつ撮影に呼んでもらえるようになったんです。
やっぱり、自分の写真が雑誌に載るのはおもしろいから「やるからにはもっと大きく載りたい!」って気持ちも出てきて、そこからメイクや髪型を研究して、ブログの更新も頑張って。露出のきっかけを少しずつ増やしていき、ついに専属モデルにしてもらえたんです。

4) モデル活動と大学受験の両立は難しくなかったですか?

実は受験にあたり、モデルを辞めようとしていたんです。もちろん仕事は大好きでしたけど、勉強をするために上京してきた、という原点は大事にしたいと思っていて。でも、ありがたいことに編集長が「辞めなくても、お休みという形でいいんじゃない?」と言ってくれたのもあり、受験に差し支えないペースで続けることにしました。
当時、私が興味を持っていたのは、途上国の貧困問題をビジネスで解決する仕組み作りだったのですが、国際関係や経営など学ぶべきジャンルが多岐に渡ってしまうので、どの大学のどんな学部を選べばいいか迷っていました。そんな時たまたま教えてもらったのがSFC(※2)の存在。履修できる科目の幅も広いうえ、1年生から自由に授業が組める。これなら仕事と勉強を無理なく両立できるかも、とピンと来ました。だから正確には、慶應というよりSFCに入りたくて、試験もそこ1校しか受けていません。塾の先生に「第二志望はありますか?」って500回くらい聞かれましたけど、いつも「ありません!」って答えてました(笑)

5) そもそも「フェアトレード」や「エシカル・ファッション」など、途上国支援に興味を持ったのはなぜ?

中学時代に話はさかのぼるのですが、14歳のときに家族でバリ島に行ったのがきっかけ。単なるビーチリゾート、という認識で訪れたら、自分と歳が変わらない物乞いの子どもたちがたくさん。当時は世界の貧困問題についてまったく知識がなかったので、それがものすごいショックだったんです。両親の仕事の関係で、子どもの頃から海外に触れる機会もありましたし、高校も国際系の学科を選んだせいか途上国支援に関心がある同級生も多くて。次第に「私にも何かできないかな」と考えるようになっていきました。 そんな時にエシカル・ファッション(※3)の存在を知って。貧困問題に関心のない若い世代でも、服を通じて情報を発信すれば響くかもしれない、と高校3年のときにフェアトレードのトートバッグとヘアゴムをオリジナルで作り、貧困問題やフェアトレードについて紹介しながらブログで販売したら大反響! 実は、モデルを続けてきた、もうひとつの理由がこれなんです。モデルという仕事を通じて、貧困問題や途上国支援について知ってもらう機会を作れるんだったら続ける価値がある。そう気づいたからなんです。

6) この春から大学院に進みましたが、どんな勉強をしているのでしょう

大学ではエシカル・ファッションそのものよりも、情報の届け方について関心が向いていました。というのも「ギャル」と「真面目」、友達によっても2種類の世界があるのを肌で感じていたから。「真面目」な友だちは知的好奇心があって、途上国や政治のことなど学びや出会いを自ら求めにいくけど、「ギャル」の友達は属しているコミュニティ内での情報や人間関係だけで過ごしてる。難しそうだと思っていることでも、知るきっかけさえあればもっと選択の幅が広がるのにって思ったんです。
そこでいま大学院で学んでいるのは、暗黙知を言語化して共有し、活用する「パターン・ランゲージ」という方法論。噛み砕いて言うと「すごく大事で価値があるんだけれど複雑なことを、分かりやすくして伝える方法」だと私は思っています。たとえばセンスがいい人に「センスがよくなる方法を教えて」と言っても、なかなか教えられないですよね。そういう個人の中に閉じてしまいがちな経験値や実践値を主にインタビューで引き出し、誰もが共有できる言葉にする、というのが目的です。たとえば先日のテーマは「認知症になっても自分らしくいきいきと生きている方々へのインタビューから、誰もが認知症とともによりよく生きるヒントを言葉にしてみよう」とか。 異なるコミュニティに所属していても、噛み砕いて情報を伝え、共有する方法としてパターン・ランゲージは有効だと思ったんです。

7) 若い世代の視野を広げようと意識しているんですね

私に届くファンレターって、8割が相談事なんですよ。家族のこと、将来のこと、勉強のこと……ブログやSNSでも同じです。冷たく聞こえるかもしれないですが、そこには「私ならきっと悩まないのにな」って思う内容もあって。何でだろう? って考えたら、私は地元と東京、学校とバイト、モデル活動などいろいろなコミュニティに関わっているから「ここではこうだけど、場所を変えれば違う可能性もあるはず」って視点を変えられるんですよね。だから、この悩みもいつか解決するって想像ができる。でも学校と家族が世界のすべてという生活だと、そこで起こる悩みがものすごく大きく感じて、しんどいんだろうなって。
エシカル・ファッションについて発信するのは、貧困問題を解決したいのはもちろん、若い世代に「豊かさってなんだろう」と考えるきっかけになるんじゃないか、という思いもあります。ふだん着ている洋服の裏側に何があるのか、知らないと「デザインが可愛い」「値段が安い」とか、そういうことしか判断基準がない。でもフェアトレードを知るきっかけがあるだけで、洋服を選ぶときの選択肢が広がる。それを買う・買わないが問題じゃなく、視野や世界を広く持つためのきっかけ作りをしたいんだと思います。

8) その豊かなバイタリティはどこから湧いてくるのでしょう

何事も「できない理由」にフォーカスすると、たいてい山ほど見つかっちゃう。だから「どうしたらできるか」だけを常に考えるようにしてるかな。あとは、とりあえずよかれと思うことを何でも行動してみて、ダメだったらほかの方法を試してみるトライ&エラー式で乗り越えてきたように思います。今は状況や前提がどんどん変わってしまう時代ですし、先々まで計画を立ててもプラン通りに行かなかったら凹むだけ。それは返ってリスクだと思うんです。
もちろんバイトにしろ受験にしろ、今まで何度も泣いたり凹んだりしてます(笑)。ただ、「こうなりたい!」というビジョンを達成するまでとことんやるから、最後にイヤな記憶は残らないんですよね。こうして頑張れるのは、両親の影響が大きいかもしれない。小さい頃からやりたいことを尊重してサポートしてくれるので、自分を信じてこられたのかな、と思います。

9) 大学院を卒業したら、何をしていきたいと考えていますか

絶賛迷い中なんです(笑)。モデルをしながら、自分のエシカル・ファッションブランドを作るのもいいし、国内外のフェアトレードやオーガニックの食品や洋服を扱うカフェ兼セレクトショップを運営するのもおもしろそう。個人ではなく企業に入って、そこから社会貢献的なアクションを起すのもいいかもしれない。
以前、カンボジアを訪問するスタディ・ツアーを企画して、ファンの子たちと一緒に現地に行ったとき「他人とこんなに深い話をしたのは初めて」という子がたくさんいて驚いたんです。ふだんのキャラが邪魔して、友達とは真面目な話ができない、って言う若い世代は珍しくないんですよね。どんな手段を選ぶにせよ、途上国支援や政治のことなど「難しいけれど大切なことを知るきっかけ」や、ひとりひとりが自分の考えていることや大事にしていることを「共有する場」を作れたらいいな、というのが今抱いているイメージです。

10) 同世代のファンに向けて、メッセージをお願いします

今いる環境だけがすべてじゃないよ、って伝えたいですね。現状が窮屈だったら出て行ったっていいし、もちろん残ってもいい。違う場所に行けば違うことを考えている人がいます。何か煮詰まっていたり、興味を持っていたりすることがあれば、いろんな場所に脚を突っ込んでみると新しい発見があるし、そこから自分自身が何を大事にしているのか見えてくるのではないでしょうか。

TEXT:木内アキ

PHOTO:神藤 剛

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