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いとう・きどう/墨職人
1984年に父、亀吉に師事。1995年に鈴鹿製墨協同組合専務理事就任。1998年には進誠堂墨舗代表となる。2000年、業界初の8色墨完成(雪月風花)。通商産業大臣指定伝統工芸士に認定される。2001年、業界初の1分墨(超早おり墨)完成。鈴鹿市「夢工房」講師となる。翌年2002年に鈴鹿市伝統工芸士会副会長就任。2003年社名を有限会社進誠堂とする。2004年に業界初16種類の植物油煙墨完成。2005年には鈴鹿製墨協同組合代表理事就任。2007年、雅号 墨匠 伊藤亀堂 とする。

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1984年に父、亀吉に師事。95年に鈴鹿製墨協同組合専務理事就任。98年には進誠堂墨舗代表となる。2000年、業界初の8色墨完成(雪月風花)。通商産業大臣指定伝統工芸士に認定される。01年、業界初の1分墨(超早おり墨)完成。鈴鹿市「夢工房」講師となる。翌年02年に鈴鹿市伝統工芸士会副会長就任。03年社名を有限会社進誠堂とする。04年に業界初16種類の植物油煙墨完成。05年には鈴鹿製墨協同組合代表理事就任。07年、雅号 墨匠 伊藤亀堂 とする。

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いとう・きどう/墨職人
1984年に父、亀吉に師事。1995年に鈴鹿製墨協同組合専務理事就任。1998年には進誠堂墨舗代表となる。2000年、業界初の8色墨完成(雪月風花)。通商産業大臣指定伝統工芸士に認定される。2001年、業界初の1分墨(超早おり墨)完成。鈴鹿市「夢工房」講師となる。翌年2002年に鈴鹿市伝統工芸士会副会長就任。2003年社名を有限会社進誠堂とする。2004年に業界初16種類の植物油煙墨完成。2005年には鈴鹿製墨協同組合代表理事就任。2007年、雅号 墨匠 伊藤亀堂 とする。

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1984年に父、亀吉に師事。95年に鈴鹿製墨協同組合専務理事就任。98年には進誠堂墨舗代表となる。2000年、業界初の8色墨完成(雪月風花)。通商産業大臣指定伝統工芸士に認定される。01年、業界初の1分墨(超早おり墨)完成。鈴鹿市「夢工房」講師となる。翌年02年に鈴鹿市伝統工芸士会副会長就任。03年社名を有限会社進誠堂とする。04年に業界初16種類の植物油煙墨完成。05年には鈴鹿製墨協同組合代表理事就任。07年、雅号 墨匠 伊藤亀堂 とする。

1) 活動と今に至るきっかけについて教えてください。

日本で唯一の“鈴鹿墨”伝統工芸士です。親父が鈴鹿墨の職人で、その姿は見ていたんですけど、自分がそれをやろうとは思ってなかったんです。やっぱり体も黒くなるし、仕事は過酷ですからね。高校卒業後に大学に行こうかと思ったんですけど、勉強も嫌やったし、じっとしているタイプでもないので、ある会社に就職してサラリーマンになったんです。そんな折、祖母が脳梗塞で倒れて、おふくろが親父の手伝いをできなくなった。僕は当時、週休二日のサラリーマンだったので、土日だけ親父の手伝いをすることになって……。親父の作り出す墨は仕上がりもキレイだし、高く取引される。でも、私のはいつまでたっても商品になっていかなかった。そこで自分の中に潜んでいた“モノづくり”の情熱がむくむくと沸いていったんです。基本、負けず嫌いなんですよ。それで「親父よりええもん作ろう! 」と墨作りにのめりこんでいきました。

2) 鈴鹿墨とは、どんなものですか?

諸説あるんですが、鈴鹿墨ができたのは8世紀、平安時代と言われているんです。それからずっとこの地域で職人たちが守ってきた伝統工芸なのですが、今では、僕ひとりになりました。墨作りに適するのは乾燥した土地であること。ここは鈴鹿山脈が後ろにあり、冷たい風が山から下りてきて(俗にいう鈴鹿おろしというんですが)その乾燥した風土がぴったりで。あとは、この場所だけが紀州藩の飛び地で、和歌山の山に墨の原料となる良質な赤松がたくさん生えていた。松を燃やしてすすを作っていたわけです。そこで紀州藩の銘をうけて、鈴鹿の街にそれらの原材料を持ち込んで作られるようになった。ここで作られた鈴鹿墨は海をわたって江戸に収められるというシステムになっていたそうです。
現在ではほかの産地のものは分業制であったり、液体の墨汁だったり、化学製品を主体として作ってたりするんです。でも、うちの場合は、本当に天然の原材料を使ってひとつひとつ、手で一貫して作っていく。そこの部分が評価されて認定を受けたんだと思います。

3) 仕事のへこだわりは?

すべてゼロから作りだし、完成させ、出荷前までの全工程をひとりでやっているということです。形の構成からデザイン、そして実際の墨作りはもちろん、それを使って実際に字を書くことも。さらに、その墨を持って営業にも行きます。最初は話を聞くことにあまり乗り気じゃない人も、こちらの想いを伝えれば真剣に聞いてくれる。職人はベクトルが内向きになりがちな部分があるので、外に出て行って人と対話することは、仕事をする上でいちばん大事なことだと思っています。

4) 作る人によって違う墨になるのでしょうか?

まったく別物になりますね。そこが職人ごとの腕の見せどころ。まさにクリエイティブな作業と言えます。まずは、3年後にどういう色が出るかをイメージするんです。墨は3~5年寝かしてから完成となるので、出荷されるときの色をイメージして作っています。また、使っていただく方の顔を思い浮かべながら、作ることもあります。基本、美人さんばかりをですけどね(笑)

5) 仕事においていちばんテンションあがる瞬間はどんな時ですか?

私の作った墨で、いろんな書物や作品ができあがる。それが神社に奉納されたり、お寺に文字になったり、それを見たとき……それはすごく嬉しい。しかもね、建物の中に飾られたりする場合、その空間と同化しているかって重要なんですよ。まわりの雰囲気とバチッと合っているのを見るのは気持ちいいですし、たまらないですね。そういうものは飽きないんですよ。そこでなんか違うなと思ったものは何年かすると外される。でも、いいなと思ったものはどれだけ古いものでも、だんだん味が出てくるんです。

6) 仕事にオンとオフはありますか?

ほんまに24時間、墨のことを考えてます。寝てる間も考えてますから(笑)。墨というのは黒一色で単純に思われがちなんですけど、パッと見てその違いがわかるものなんです。その差が歴然とする黒はたくさんある。建物の中にある場合、いかにその空間に同化するか。部屋の中に飾られている書物でも、「もっとここは、にじみが出たほうがいいな」とか「立体感があったほうがええな」「光沢があったほうがええな」と。それを深めようとすると本当に終わりはありませんね。

7) 自分が作るものを誰に届けたいですか?

僕は結局、最後に見ていただく方。そこに届けたいと思うし、そういう目線が大事だと思っています。墨を使ってみたいという人と、僕らみたいな使ってほしいと思っている職人の間に商社が入ったりするんですよ。そうするとね、なんかねじ曲がってしまう。ある程度、商社や専門店に任せるんですけど、そのいわゆるベンダーが全然勉強していない。そうすると僕の墨なんかものすごく細かく種類があるので、それをきちんと解釈して、その通りにエンドユーザーの方にお伝えできる人材が間にいない。しかも、今の世の中、価値を忘れた便利主義で……「これなら売れるだろう」っていう分かりやすいものしか流通させない。それこそがあらゆる伝統工芸品が衰退してっている大きな理由やと思います。でも、本質を理解した上で「あっ」と、驚かされるような使い方をしてくれるのは嬉しい。そういうユーザーはどんどん増えてきて欲しいですね。

8) 仕事において絶対に欠かせない道具とは?

右手です。最後の成形する段階は右手で作っていくので、作業中は表も裏も真っ黒なんですよ。真っ黒のうちは手もひとつの“道具”という認識です。風呂に入ってその墨を落として初めて自分の手に戻るという感覚ですね。墨の微妙なあんばいは自分の指先でしか測れない。作業をやり続けていくうえでなくてはならないものが、自分の手が覚えている“感触”なんです。それは私の手の平だけが知っているんです。

9) 伝統を守ることと、今の世の中に受け入れられるものを作ること。そのバランスをどう考えますか?

両輪だと思ってます。ただ、そこも墨を使われる方がどんな目的なのかによると思ってます。たとえば昔の古典を見てそれを模写するっていう場合には、昔からずっと続いている伝統そのままの技法でやらなダメだと思いますし、音楽と書道のコラボで前衛的な作品をって場合には、墨にも何かしら新しい風を感じられる工夫をしたい。
でもね、自分が作り出した墨に誰かがさらにデザインを付け足すっていうのは違う。そういうので売れたものは見たことない。それはその物自体を知らないから。とはいえ、伝統にあぐらをかいていて、広げていかずに狭めていくっていうのも違うと思うんです。それってもったいないなぁって。
新しい革新的なものを作るのはパワーがいりますけど、古法を忠実に守り続けるのはもっと難しい。だからこそ、伝統を守りつつ、今の人にも届くものを作っていく必要があるんです。ポケットが1個だけだとなかなかものは入らないんですよね。だから大変でも2個のポケットでやっていきたいと思ってます。

10) 今後、やりたいことは?

墨をいろんな形でいろんなお客さんに伝えたいっていうのがベースなんですが、日本って職人という立場の地位が低いと思うんです。ですから、職人という人の立場をもっと上げていきたいんです。そのために、自分がいろんな場所にいろんな形で出て行って、アピールできたらと思います。鈴鹿墨を全国にしらしめるって言うたら「今頃そんなことできるわけないやろ」とバカにされたことがあったんです。でも、メディアに取り上げてもらうことで、そういうことを言った輩たちへの反撃をしていきたい。まずは伊藤亀堂っていう名前を売っていって、「なんやの、あのおっさん?」と見た人が思って、「実は墨を作る職人なんですよ」っていうのもおもしろいと思うんですよね。職人って寡黙なイメージがありますが、私、話好きでめちゃくちゃしゃべりますから(笑)。そういったギャップも楽しんでもらえたらいいなと。自分の名前が先にでて鈴鹿墨を知ってもらってもいいし、結果、最初の目的通りに鈴鹿墨がもっと全国に知られるようになったらいいなと思ってます。

PHOTO:神藤 剛

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