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Profile | プロフィール

いしいじろう/ゲームクリエイター、原作・脚本家
1967年生まれ。日経映像(1994年入社)、チュンソフト(2000年入社)、レベルファイブ(2010年入社)において、おもにアドベンチャーゲームのシナリオ・監督・プロデュース、ディレクションを務めたのち、2014年に独立。2015年株式会社ストーリーテリング設立。2014年8月、原作を提供したインディーズアニメ「UNDER THE DOG」が米国クラウドファンディング”キックスターター”のアニメーションジャンルにて世界最多の出資金額を集める。2015年10月、YOUTUBEで配信開始されたアニメシリーズ『モンスターストライク』 のストーリー・プロジェクト構成を担当。同じく2015年12月発売された3DS版「モンスターストライク」のストーリー・プロジェクト構成も担当している。2016年1月より放映のTVアニメ「ブブキ・ブランキ」にシリーズ構成・脚本(北島行徳氏と共同)として参加する事が発表された。代表作は「428 〜封鎖された渋谷で〜」(総監督/チュンソフト)、「タイムトラベラーズ」(ディレクター/レベルファイブ)、「3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!」(監督/チュンソフト)

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日経映像、チュンソフト、レベルファイブにおいて、おもにアドベンチャーゲームのシナリオ・監督・プロデュース、ディレクションを務めたのち、2014年に独立。2015年株式会社ストーリーテリング設立。原作を提供したインディーズアニメ「UNDER THE DOG」が米国クラウドファンディング”キックスターター”のアニメーションジャンルにて世界最多の出資金額を集める。『モンスターストライク』 のストーリー・プロジェクト構成を担当。同じく3DS版『モンスターストライク』のストーリー・プロジェクト構成も担当。

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いしいじろう/ゲームクリエイター、原作・脚本家
1967年生まれ。日経映像(1994年入社)、チュンソフト(2000年入社)、レベルファイブ(2010年入社)において、おもにアドベンチャーゲームのシナリオ・監督・プロデュース、ディレクションを務めたのち、2014年に独立。2015年株式会社ストーリーテリング設立。2014年8月、原作を提供したインディーズアニメ「UNDER THE DOG」が米国クラウドファンディング”キックスターター”のアニメーションジャンルにて世界最多の出資金額を集める。2015年10月、YOUTUBEで配信開始されたアニメシリーズ『モンスターストライク』 のストーリー・プロジェクト構成を担当。同じく2015年12月発売された3DS版「モンスターストライク」のストーリー・プロジェクト構成も担当している。2016年1月より放映のTVアニメ「ブブキ・ブランキ」にシリーズ構成・脚本(北島行徳氏と共同)として参加する事が発表された。代表作は「428 〜封鎖された渋谷で〜」(総監督/チュンソフト)、「タイムトラベラーズ」(ディレクター/レベルファイブ)、「3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!」(監督/チュンソフト)

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日経映像、チュンソフト、レベルファイブにおいて、おもにアドベンチャーゲームのシナリオ・監督・プロデュース、ディレクションを務めたのち、2014年に独立。2015年株式会社ストーリーテリング設立。原作を提供したインディーズアニメ「UNDER THE DOG」が米国クラウドファンディング”キックスターター”のアニメーションジャンルにて世界最多の出資金額を集める。『モンスターストライク』 のストーリー・プロジェクト構成を担当。同じく3DS版『モンスターストライク』のストーリー・プロジェクト構成も担当。

NEWS | ニュース

1) イシイさんって、なにをやってる人なんですか?

もともとゲーム会社で原作やシナリオをつくる仕事をしていまして、それはフリーになった現在も同様です。しかし、会社員時代は監督業やディレクションを兼ねることもありましたが、現在は物語に特化しています。
このように説明すると「じゃあ、いまは物語だけをつくっているの?」と思われるかもしれませんが、少しアプローチが違います。ひと言で言えば「フレームワーク開発」であり、「物語を生み出すためのゲームデザイン」をしているんです。

2) 「物語を生み出すためのゲームデザイン」とは?

たとえば「夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)」で説明してみましょう。夏の甲子園は「高校野球における集大成の大会」という、デザインされたひとつのゲームです。そして、この夏の甲子園からどのような物語が生まれるかというと、僕らの世代ならば『ドカベン』や『タッチ』であり、最近ならば『砂の栄冠』……など、熱血モノから恋愛モノまで、高校野球を舞台にした作品が数多くありますよね。つまり、夏の甲子園の見せ方を変えることによって、あらゆる物語の製造機となるわけです。これが「ゲームデザインが物語を生み出す」という仕組み──フレームワーク──です。
現在、テレビアニメがスマホのゲームと連動するという新しい可能性がありますが、ここにゲームデザインが入っていないと、ゲームとの親和性が薄れてミスマッチのメディアミックスになってしまう。それを防ぎ、メディアミックスの最大効果を発揮させるためには、最初からリンクさせて物語をゲームデザインによって送り出す……というフレームワークが必要なんです。

3) ゲームデザインと物語の重要性には、いつ頃気がついたんですか?

1994年にチュンソフトから発売されたサウンドノベル『かまいたちの夜』がきっかけです。この作品に触れたことで、僕は「映画や小説、アニメなどの物語は、ゲームの物語の足下にも及ばない」という核心を得ました。というのも、ゲームには複数の物語が並列に存在していて、言うなれば「プレイする度に結末が変わる小説」なんです。
『かまいたちの夜』以前のゲームストーリーは、基本的に「正しい選択か、間違った選択か」という考え方が中心で「複数の正しい選択や結末が存在する」という概念はほとんどありませんでした。しかし同作の登場によって、ゲームの物語にはリプレイ性やループ性が存在することを示したのです。同じ小説を読み直しても、当然ながらストーリーは変わりません。しかしゲームにおいては、プレイヤーの選択によって登場人物の感情や行動が変わり、ストーリーが書き換わってしまう。これって、ものすごいことだと思いませんか?
もともと僕は映画やアニメのシナリオに興味を持っていて、ゲームの物語を見下している節がありました。しかし、この「ゲームにおける物語の拡張」を発見してからは、映画やアニメを捨てて、ゲーム業界で頑張ろうという気持ちに変わったんです。

4) なぜフリーランスという道に?

物語に専念するためです。会社員時代はディレクターや責任者を務めることも多く、僕が手がける作品は完成までに2~3年、長いものでは4年の歳月を費やしていました。そうなると、自分がつくりたい企画が溜まっていく一方で、出力する機会がないんです。そこで、フリーランスとして物語に専念することによって、これまでに蓄積した企画を外に出していけるのでは、と考えました。
宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』で、「ものをつくる人間の、クリエイティブの寿命は10年」といった内容の台詞があるのですが、これまでの自分に「その10年があったか?」と問いかけたとき、答えは「まだ」でした。いま僕の中に蓄積した企画・物語は、過去に自分がつくったものよりも圧倒的におもしろいと断言できます。これを世に発表しないことは、自分にとって不幸だと感じた。だから、僕は現在48歳ですが、これからの10年間で、すべての企画を吐き出したい。60歳を迎えて老害扱いされる前に、燃え尽きさせてもらおうと思っています(笑)。
出力先のメインとなるのは、かつて捨てたアニメや映像にしたいです。現在、アニメの市場は拡大しすぎてDVDが売れなくなっている。しかし、僕はアニメや映像の物語においても、ゲームデザインが求められる時代が来ると考えています。ビジネスとして成り立たなくなっている同業界を打破するのは、ゲーム製作で培ったフレームワークだと思っています。

5) 企画が生まれる仕組みとは

僕には「こう当てはめれば、おもしろくなる」という物語をつくるためのロジックがあります。また、単純に10代の頃から30年以上も見続けてきた映画・アニメ・ゲームなどの物量も大きいですね。年を重ねて「何がおもしろくて何がおもしろくないか」を判断できるし、あらゆるパターンを見続けてきましたから、どのパターンが王道かも分かります。基本的な物語構造はひな形としてできあがっていて、それをどう展開するとおもしろくなるのか……というテクニックも、これまでの経験で備わっている。実際問題として、完全オリジナルの新しい物語をつくるのは不可能なんですよ。現代の作品も、過去のパターンに若い感性を加えることで成り立っていますからね。
でも、そんなことを考えつつも、僕は「誰も気づかない、まったくの新しいことをしたい」という気持ちが非常に強い。「ゲームにおける物語の拡張」にこだわったのも、まだ新しくて誰もやったことない気がしたからです。僕自身がゲームを離れ、アニメや映画の仕事をしようと決めたのも「誰もやったことがないものを生み出せるのでは?」という希望があったからです。

6) クリエイターとしてのパイオニア精神でしょうか?

その通りですね。極端な話「僕の発見が成功につながらなくてもいいから、パイオニアでありたい」とすら考えています。たとえば「活版印刷術」の技術は、「8~9世紀の中国や15世紀のヨーロッパで発明された」と教わりますよね。しかし、実はもっと古い2500年前に、クレタ島で活版印刷のアイデアが存在していたんです。文字を組み合わせ、ハンコのように粘土板に押し当てていたんです。では、なぜクレタ島の技術が埋もれ、15世紀のヨーロッパで活版印刷が開花したかというと、アルファベットという単純な26文字と聖書を大量印刷するという目的があったからです。必要な要素が合わさったとき、初めて新技術は爆発的に広まります。でも、僕が望む場所は、15世紀のヨーロッパでも8~9世紀の中国でもなく、新技術を発見した2500年前のクレタ島です。たとえビジネスにならなかったとしても、世界を変える発明にならなかったとしても、僕は「新しい技術が生まれる最初の場所」に立っていたいんです。

7) ワクワクして、しょうがない。

物語の創作において、かつては「何をやってもコピーになってしまう」という諦めがありました。しかし、コンピュータと出会ってシナリオをフローチャート化したとき、僕は「ゲームから拡張される物語」というフロンティアを発見しました。これはコンピュータという新しい技術がなければ、気がつけなかったことだと思います。新しい発見は、新しい技術や仕組みとの出会いによって生まれるものだと思います。その発見は予想がつかない。だからこそ、おもしろいんです。
自分の中にある企画をすべて吐き出すと同時に、つねに新しい技術と接して新しい可能性・発見を模索すること──これが、今後10年の目標です。

TEXT:松本晋平

PHOTO:神藤 剛

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