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Profile | プロフィール

いえいり・かずま/連続起業家
1978年、福岡県生まれ。中学2年から登校拒否、極度の引きこもりに。県立高校を1年で中退後、大検を取得し東京芸大を目指す。新聞奨学生をしながら芸大予備校に通い留年するが、父親の交通事故などがあり、やむを得ず就職。デザイン会社に入社し、在職中にウェブサイトのデザインや開発に興味を持つ。22歳の時に「paperboy&co.(現:GMOペパボ株式会社)」を創業。29歳でJASDAQ市場、当時最年少で上場する。その後、paperboy&co.を退任し、カフェやギャラリーのプロデュース・運営を行う株式会社「partycompany」を創業。さらに「ハイパーインターネッツ」を創業、国内最大規模クラウドファンディングサービスである「CAMPFIRE」を石田光平と共に立ち上げる。同時期に「partyfactory」を創業、スタートアップベンチャー50社程に投資、育成を行っている。また、新しい働き方を提唱する「Liverty」を設立、学費支援「studygift」や現代の駆け込み寺「リバ邸」などにも力を入れる。Livertyのプロジェクトから生まれたスマートEC運営会社「BASE」の共同創業取締役も務める。著書は『ぼくらの未来のつくりかた (YOUR BOOKS 01)』(双葉社)『ぜんぜん気にしない技術』(クロスメディア・パブリッシング)、『バカ、アホ、ドジ、マヌケの成功者』(サンクチュアリ出版)、『15歳から、社長になれる。ぼくらの時代の企業入門』(イーストプレス)、『お金が教えてくれること』(大和出版)、『もっと自由に働きたい(U25シリーズ)』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『新装版 こんな僕でも社長になれた』(イーストプレス)など多数。

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22歳の時「paperboy&co.(現:GMOペパボ株式会社)」を創業。29歳でJASDAQ市場、当時最年少で上場する。その後クラウドファンディングサービスである「CAMPFIRE」を石田光平と共に立ち上げる。同時期スタートアップに投資、育成を行う「partyfactory」を創業、新しい働き方を提唱する「Liverty」を設立、学費支援「studygift」や現代の駆け込み寺「リバ邸」などにも力を入れる。著書は『ぼくらの未来のつくりかた (YOUR BOOKS 01)』(双葉社)など多数。

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いえいり・かずま/連続起業家
1978年、福岡県生まれ。中学2年から登校拒否、極度の引きこもりに。県立高校を1年で中退後、大検を取得し東京芸大を目指す。新聞奨学生をしながら芸大予備校に通い留年するが、父親の交通事故などがあり、やむを得ず就職。デザイン会社に入社し、在職中にウェブサイトのデザインや開発に興味を持つ。22歳の時に「paperboy&co.(現:GMOペパボ株式会社)」を創業。29歳でJASDAQ市場、当時最年少で上場する。その後、paperboy&co.を退任し、カフェやギャラリーのプロデュース・運営を行う株式会社「partycompany」を創業。さらに「ハイパーインターネッツ」を創業、国内最大規模クラウドファンディングサービスである「CAMPFIRE」を石田光平と共に立ち上げる。同時期に「partyfactory」を創業、スタートアップベンチャー50社程に投資、育成を行っている。また、新しい働き方を提唱する「Liverty」を設立、学費支援「studygift」や現代の駆け込み寺「リバ邸」などにも力を入れる。Livertyのプロジェクトから生まれたスマートEC運営会社「BASE」の共同創業取締役も務める。著書は『ぼくらの未来のつくりかた (YOUR BOOKS 01)』(双葉社)『ぜんぜん気にしない技術』(クロスメディア・パブリッシング)、『バカ、アホ、ドジ、マヌケの成功者』(サンクチュアリ出版)、『15歳から、社長になれる。ぼくらの時代の企業入門』(イーストプレス)、『お金が教えてくれること』(大和出版)、『もっと自由に働きたい(U25シリーズ)』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『新装版 こんな僕でも社長になれた』(イーストプレス)など多数。

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22歳の時「paperboy&co.(現:GMOペパボ株式会社)」を創業。29歳でJASDAQ市場、当時最年少で上場する。その後クラウドファンディングサービスである「CAMPFIRE」を石田光平と共に立ち上げる。同時期スタートアップに投資、育成を行う「partyfactory」を創業、新しい働き方を提唱する「Liverty」を設立、学費支援「studygift」や現代の駆け込み寺「リバ邸」などにも力を入れる。著書は『ぼくらの未来のつくりかた (YOUR BOOKS 01)』(双葉社)など多数。

1) 現在の肩書きである「連続起業家」とは?

本当はこんな肩書きは嫌なんですけど、僕がどういう人物なのかを人に説明するのが難しくて……。必要に迫られて名乗っています。シリアルは「連続的な」、アントレプレナーとは「起業家」という意味です。アメリカなどでは一度起業した人が、その後会社を売却したり株式公開などをして売却益を得ることがありますが、そのお金を元手に次の起業を行う起業家のことを指します。
日本の起業家の年齢は、最近ではどんどん若くなっていますが、僕の場合も「paperboy&co.(以下ペパボ)」という会社を29歳の時に上場し、その後「CAMPFIRE」「BASE」といったサービスを共同で立ち上げ、合間に個人で「リバ邸」というシェアハウスの運営をしたり、法人を作ってカフェをオープンしてきました。

2) そして最近立ち上げられた「XIMERA(キメラ)」、これはどういった会社なのでしょう?

僕はこれまで何か新しいことをやろうって時には、その案件ごとに母体となる会社を作ってきたんです。たとえば個人の資金集めや仲間集めのプラットフォームとして「CAMPFIRE」を運営する「ハイパーインターネッツ」を、個人製作のプロダクトを手軽に販売する場として「BASE」を。生活のコストを下げて、その中で自分はどう生きてどう働いていきたいかを考える場として「リバ邸」を、という具合です。

その一方で、自分自身のものづくりの場がないなと感じていました。そこで、みんなが一ヵ所に集まって作れる場所があればと思って立ち上げたのがキメラです。ただ、オフィスを借りてデスク入れて、スタッフを雇って……というのがここ1〜2ヵ月でのことですので、特に何をやる会社かというのを明確に決めてない部分もあります。
現状ではスマホのゲーム制作や人材系webサイトの制作をやっていますが、来週には形が変わっているかもしれません(笑)

3) なぜひとつの会社で事業部化せず、複数の会社を立ち上げてきたのですか?

人が集まって会社が軌道に乗ると、言いだしっぺの僕の居心地が悪くなっちゃうんです(笑)。新しい会社、新しいサービスを作る時、いつも思うのが「僕がいつ死んでもいいものにしなければいけない」ということです。それを念頭に置くと必然的に僕がいなくても回る組織を目指さなければいけないんですが、気づいたら僕のすることがなくなっちゃう。
自分がいなくても場が回っているのが、寂しいけど理想系なんです。これは21歳の時、最初に起業したペパボ時代からずっと同じ考え方です。

4) 活動をしていく上での使命感などはありますか?

使命感……僕はその時その時で、やるべきことをやっているだけだと思うんですよね。そもそも起業したいと思ってなかったですし、まさか自分がいくつも会社をやっていくなんて思っていませんでした。ペパボも就職できなかったから作っただけで、先を見て動くのではなく、足もとしか見ていなかった。本当に普通の人間なんです。ただ、今になって振り返ると、僕は結局、“居場所が欲しかっただけ”なんだって思うんです。

思春期はずっと引きこもりでネット上にしか友達がいなく(笑)、だからリアルに集まれる場所が欲しくてカフェを作った。引きこもり時代はずっと絵を描いていたんですが、そのための資金や仲間をもっと簡単に集められればいいなと思って「CAMPFIRE」を作った。そして、作ったものをどうやって売ったらいいんだろうと思って「BASE」を作った。
本当に“点”の連続なんですよね。その点が、今は“線”になっている。まっすぐできれいな線じゃないし、余計な点も多いんですが、僕はこれからも足もとに点を打ち続けるしかないなって思うんです。

5) 将来のビジョンや目標を持つことよりも、足もとを見るほうが大事だと?

逆にそういう気持ちでいれば、「僕は来年、何をやっているんだろう」って楽しみも生まれますよね。もともと日本って何かを始めたら最後までやり通さなければいけない、みたいな風潮があるじゃないですか。だから最初の一歩が踏み出せない人もすごく多いですよね。よしんば踏み出したとしても、精神的に弱い人はプレッシャーに押しつぶされて、どんどん弾かれてしまう。 でも本来、もう少し気楽でいいと思うんですよ。やってみて失敗してもいいじゃんって。よく若い人から「生きる意味、仕事の意味って何ですか?」って聞かれますが、僕は生きる目標もないし夢もないし、仕事に対して、会社に対しても意味を見出せない(笑)。やるべきことをやる。だから今、形になっているものの周りには、数百の“死骸”が転がっています。

6) 「数百の死骸」とありましたが、仕事上の失敗から学んだことは?

僕は「これは失敗」「これは成功」とラインを引くのがあまり好きではないんです。確かに振り返った時、「あれはまずかったね」とか「こうしておけばよかった」という反省はありますが、失敗と言い切ってしまうと、ダメだったものとして見なされてしまう。それがすごく嫌なんです。 たとえば以前、学費に困った学生にネット上で支援者を募る「Studygift」という、学費支援のプラットフォームを作ったんですが、あることがきっかけですごく炎上してしまった。確かにミスや落ち度もありましたが、僕は仕組み自体が悪かったわけではないと考えています。今後も経済的に厳しい学生はもっと出てくるだろうし、いつか炎上しない形で再リリースしようと思っています。

7) 著書も精力的に出されてますが、誰に、どんなメッセージを伝えたいのですか?

居場所作りっていう活動も、本を書くっていう活動も根底は同じで、もし自分がタイムスリップして引きこもり時代の僕に会ったら、こんなアドバイスをするだろうな、という感覚です。ひいては、かつての自分と同じ境遇にいる人たちに対するメッセージなんですが、大人が若い人にできることって、自分が人生で得た経験を教えてあげることだと思うんですよ。 若い人は知らず知らず型にはまろうとしてしまい、でも上手にはまらなかったら、自分はダメなんだと思い込んでしまう。そんな時に「僕はこうだと思うよ」って言ってあげるのが、おっさんの役目だと思うんです。

8) 今後、「こんなことをしたい」ということはありますか?

いつかネット上で、「たけし軍団」のようなものを作りたいと思っています。といっても、僕がたけしさんの役割をするのではなく、あくまで居場所としての話です。お笑いのもともとの役割って、ある種、ドロップアウトした人たちの受け皿だったと思うんですよね。昔は親が子供を叱るとき、「吉本に入れるぞ」なんて脅したりしましたが、たけし軍団も、メンバーは基本はダメな大人だけれど、でもそれを補うほどの素晴らしい個性を持っていて、とても魅力的な人が多い。これってすごくいい構図だなって思うんです。 インターネットの業界も、もともとは僕みたいな学歴もなくて、人とあまりコミュニケーションできない人間でもおもしろいことを表現できる場所でしたが、最近では“都市化”されて、ネットにしか居場所のない人たちがネットに居づらさを感じることも多いんです。そういった人たちが集まれる場所を作りたいですね。

TEXT:織江 賢治

PHOTO:森弘 克彦

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