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Profile | プロフィール

はなもり・ゆり/フォトグラファー
1983年、大阪府生まれ。中学時代から写真の楽しさに目覚め、2009年よりフリーランスとして活動開始。女性誌や音楽誌、広告などで主にポートレートの撮影を手がける。2014年に出産、一児のママに。同年、自身初の写真集『寝起き女子』(宝島社刊)を発売、活躍の場を広げている。http://www.yurihanamori.com/

1983年、大阪府生まれ。中学時代から写真の楽しさに目覚め、2009年よりフリーランスとして活動開始。女性誌や音楽誌、広告などで主にポートレートの撮影を手がける。2014年に出産、一児のママに。同年、自身初の写真集『寝起き女子』(宝島社刊)を発売、活躍の場を広げている。

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はなもり・ゆり/フォトグラファー
1983年、大阪府生まれ。中学時代から写真の楽しさに目覚め、2009年よりフリーランスとして活動開始。女性誌や音楽誌、広告などで主にポートレートの撮影を手がける。2014年に出産、一児のママに。同年、自身初の写真集『寝起き女子』(宝島社刊)を発売、活躍の場を広げている。http://www.yurihanamori.com/

1983年、大阪府生まれ。中学時代から写真の楽しさに目覚め、2009年よりフリーランスとして活動開始。女性誌や音楽誌、広告などで主にポートレートの撮影を手がける。2014年に出産、一児のママに。同年、自身初の写真集『寝起き女子』(宝島社刊)を発売、活躍の場を広げている。

NEWS | ニュース

1) 写真をはじめたきっかけを教えてください

中学生のとき、親戚のオバちゃんにキティちゃんのカメラをもらったんです。それが嬉しくて、お店に陳列されてるオモチャを撮ったり、空を撮ったり。そのうち周りにいた写真好きの大人が「木漏れ日撮ってみたら」とかアドバイスをくれたり、モノクロのフィルムを譲ってくれたりするようになって、どんどん撮るのが楽しくなったんです。
中学卒業後の1年間、アメリカ・ペンシルベニア州の高校に留学したのですが、そのときにも母に買ってもらったコンパクトカメラを大事に持って渡米しました。現地でお世話になっていた母の妹夫婦の家が、すごくおもしろ環境で。おじさんはガラス作家で、納屋のある一軒家を借りていろんな人とシェアしながら暮らしていたんです。
シェアメイトには画家がいたり、デザイナーの女の子たちのアトリエがあったり。そこに入り浸る若者たちもおもしろい人たちばかりで、一眼レフカメラの使い方も彼らに教えてもらったんです。

2) 当時からプロを目指していたのですか?

実は、デザイナーの女の子たちに影響を受けて、アメリカでは服飾を勉強していたんです。
それでもカメラは大好きで、翌年帰国して日本の高校に通いはじめたときに一眼レフを買って。それ以来、ずっとカメラを首から提げている子でした(笑)。ありがたいことに、生徒の個性を伸ばしてくれるような学校で、撮った写真を廊下に飾ってくれるだけでなく「今度写真撮ってくれへん?」と学生の私に仕事をくれて、ギャラを払ってくれたこともありました。それでもまだ卒業後の進路を服飾にするか写真にするか、ずっと迷っていて。
決め手になったのは写真の専門学校の入学体験。たった一日でしたが「そんな撮り方あるんや!」とものすごい成長の手応えを感じて、やっぱ写真やなって。でもプロになる意識はなく、入学を決めたときも母に「私、カメアシ(※1)になんねん」と話して「あんた、カメアシでいいの?」と言われたくらい(笑)
当時はただシンプルに「楽しい!写真好き!」という気持ちだけで動いていました。

3) では、写真を学ぶ学校生活はかなり充実していたんですね

当時はめちゃくちゃ写真を撮ってました。同級生が本気で写真をやりたいモチベーションの高い子ばかりだったから、それもすごく刺激になっていて。学校の課題でも高い評価をいただいて先生にもよく褒められてましたし、学年にひとりしか選ばれない特待生にも選ばれて「私、写真うまいんや」って、正直ちょっと調子に乗っていました(笑)
そんなとき、ニコンサロンで有名な写真家に作品を見てもらう機会があったんですけど、「こんなの撮ってるんだったら、写真辞めたほうがいい」とけちょんけちょんに言われて。その場で泣きたいくらいめっちゃ凹んで悔しかったけど、写真家に言われたことは確かに間違っていない。自分はいちばんとか思わずにちゃんと吸収して、そのうえで自分のやり方を続けていかなきゃ、と。
でも、卒業間近にそんなことがあり「私はいったい何がやりたいんだろう」と不安になったのを覚えています。

4) それが写真にまつわる初めての挫折だったのでしょうか

そうかもしれません。でもその後に本当の大きい挫折があったんです。
卒業後は大阪を出て、東京のスタジオに就職してアシスタントをやっていたんですが、それがちっともおもしろいと思えなくて。出会うフォトグラファーたちも写真が楽しくなさそうな人が多かったし、アシスタント業務は上手になったけれど「これ、私がやりたいことじゃないな」と。2年半くらい経ったある朝「辞めよう」って、その日のうちに退職の希望を出したんです。
で、「やっぱニューヨークっしょ!カッコいいし」みたいな勢いでなんとなくニューヨークに行きました。そのときは「もう、写真は辞めてもいいや」くらいの気持ちでしたね。 今だったら、現地でモデルハントして作品を撮ったりしたんだろうけど、その時は全然カメラを持つ気になれなくて。時間が経っていくだけで、次の方向性も見つけられないまま、やむなく日本に帰国したんです。

5) では、どうやってフォトグラファーとしてデビューを?

やっぱり写真からは離れられなくて、東京に戻ってカメアシをしながら生活をしていたのですが、以前からお世話になっていたフォトグラファーさんに作品を認めていただきプロデビューが決まりました。 最初はスナップとか、モノクロのページから撮り始めて、少しずつ大きいページも任せてもらえるようになって。
最初は目の前の仕事をこなすのに夢中だったけど、仕事が安定すると少しずつ、撮りたい写真と仕事として求められる写真の境目が分からなくなり、また悩むようになりました。せっかく写真が雑誌に載っても楽しくなくなって「私の写真ってなんやろう」と苦しくて。それで一度初心に戻りたくなって、学生時代のようにフィルムで作品を撮り始めたんです。
そうしたら少しずつ、「撮るのが楽しい!」というシンプルな気持ちを思い出してきて、撮りためた写真で個展を開いたりもしました。そうしていくうち肩の力も抜けたのか、仕事でも自然に自分の写真が出せるようになってきたんです。

6) 「写真って楽しい!」という思いが、花盛さんの原動力なんですね

フィルムカメラもそうですが、実はiPhoneの力も大きくて。あとはインスタグラム! パッと気軽に撮れて、加工のおかげでいろんな表現ができるし。写真ってやっぱり人に見てもらわないと意味がないと思っていて。
私が学生のときは、人に見てもらうためにわざわざ店にプリントに行かなきゃいけなかったけど、今はピッて押すだけで偉い人だろうと一般の人だろうと世界中に発信できて、自分の写真に評価や反応が返ってくる。
写真を加工することについては賛否両論いろんな意見があるけど、私はiPhoneとインスタグラムのおかげで写真の楽しさを再発見できた部分があるんです。

7) 昨年は初の写真集『寝起き女子』を発刊しました。制作のきっかけはなんだったのでしょうか

昔から、我が家は友だちがたくさん泊まりに来る家だったこともあって、個人的に寝起きを撮っていたんです。友だちはみんな私のシャッター音で目が覚める、みたいな(笑)。個展を開いたとき、意識していなかったけどなんだか寝起きの写真が多いな…と思って「これを撮りためたらめっちゃいいやん!」とひらめいたのがきっかけ。
私、基本的に女子が好きなんです。男子の裸とかは全然撮りたいと思わないけど、女子の丸い身体はきれいだと思うし、撮りながら少しずつ心を開いてくれる感じも楽しい。 男の人が撮るグラビアとか、すごくイヤで。縛られてたり、服の変なところに穴空いてたり(笑)。男のオカズとして使うためにポーズを取らされる女子は商品みたいでイヤだけど、そういうのをやりたい女子もいる。私は「そんな男ウケみたいなことせんでも、女子はそのままで可愛いんやで」って感じるし、分かってもらいたい。
『寝起き女子』の原点には、そういう気持ちもあると思います。子どもを産んで、なおさらそう思うようになったところもあるのかも。

8) お子さんの話が出ましたが、昨年出産してママになったことは考え方に影響を与えましたか?

妊婦のとき、すごく不安になったんです。まず「仕事に復帰できなかったらどうしよう」と思ったし、「写真の趣味が変わって、子どもしか撮りたくなくなったらどうしよう。今自分が持っているものが全部なくなるかもしれへん」って。その不安はホントものすごくて、妊婦とは思えないほど精力的に作品撮りしました(笑)
産んでみてはじめて「そんなことなかった」と思えるけど、すべての妊婦さんは少なからず自分の人生が変わることへの不安を抱えながら過ごしているんじゃないか、と思うんですよね。
で、子どもを産んで思ったのは、妊婦ってクソつらい(笑)、出産クソ痛い(笑)。新生児のときの育児も大変で、女の人は毎日吐きそうになりながら頑張ってる。でも男の人って”その”瞬間、チャッと出して気持ちいい思いしただけなのにおんなじ宝物が手に入る(笑)。「それなのに、なんで女子が商品みたいな消費のされかたしなきゃあかんの?ちがうやろ」って。
そういう経験があってますます「やっぱ女子っしょ!」っていう思いが強まったし、女子の素敵なところをたくさん撮りたいって思った気がします。

9) 働きながらママをはじめて、新しい発見はありましたか

最近の男の人は昔よりも育児に積極的に参加するようになったし、うちもかなり旦那さんには助けてもらってるけど、それでも「育児=お母さんのもの」という考え方がやっぱり普通なんだな、と感じました。
私のイライラのいちばんの原因は、写真が大好きでもっと仕事がしたいのにできない、というストレスだったんですが、世間はそういうことを言っちゃいけない雰囲気がある。「子どもがいるのに仕事してて偉いね」とか言われるんですけど、全然そうじゃない。むしろ、仕事に行くと好きなこともできて育児からも離れられる、いい気分転換になるんです。 それより旦那さんが帰るまでの間ずっと子どもとふたり、というほうが煮詰まるし孤独。旦那さんの転勤とかで地元から離れて、友だちも周りにいない専業主婦の人の子育てとか、想像するだけで心がギュッとなります。
私は運よく保育園に預けることができたから自分の時間もできるけど、カフェで子どもを片手で抱えながら大変そうに食事をしているお母さんとか見ると「抱っこしてるからゆっくり食べて」って言いたくなります。そういう女の人の大変さが、もっと伝わっていけばいいなぁ。

10) 今後の夢をお聞かせください

私、ラジオがめっちゃ好きなので、いつかラジオの番組を持つのが夢。そこでママたちのお悩み相談コーナーとか作れたらいいな、と思っています。
テレビは悲しい事故とか不倫とかイヤなニュースがとめどなく流れてくるけど、ラジオはDJがいいなと思う音楽とか天気予報とか、いらない話題やネガティブな情報がないところが素敵。
子どもが可愛いのはもちろんなんだけど、子育てはツラいこともたくさんある。でも「ほかのお母さんもみんなツラいんだから頑張らなきゃいけない」って我慢する。私も経験しましたけど、その「みんなツラいんだから」っていう我慢がいちばんしんどいんですよね。どんなママたちにも孤独になってほしくないから、家事や育児をしながら聞けて、カッコいい音楽がたくさん流れてて、お話の朗読とかもあるような、ママが元気になれるラジオ番組が作れたらすごく嬉しいし、きっと楽しい!

TEXT:木内アキ

PHOTO:神藤 剛

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