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あおき・しゅんすけ/ロボットクリエイター/ユカイ工学株式会社 代表取締役
東京大学在学中に、チームラボ株式会社を設立、CTOに就任。その後、ピクシブ株式会社のCTOを務めたのち、ロボティクスベンチャー ユカイ工学を設立。ソーシャルロボット「ココナッチ」や、フィジカルコンピューティングキット「konashi」などセンサーやスマートフォン、ネットワークを生かした開発を得意とする。共同開発では、脳波で動くコミュニケーションツール「Necomimi(ネコミミ)」、ハンガー型次世代販売促進システム「チームラボハンガ―」、メガネ型デバイス「Telepathy One(テレパシー・ワン)」を開発。

ユカイ工学公式HP
ユカイ工学公式FB

東京大学在学中にチームラボ株式会社を設立、CTOに就任。その後、ピクシブ株式会社のCTOを務めたのち、ロボティクスベンチャーユカイ工学を設立。ソーシャルロボット「ココナッチ」などセンサーやスマートフォン、ネットワークを生かした開発を得意とする。共同開発では、脳波で動くコミュニケーションツール「Necomimi(ネコミミ)」、ハンガー型次世代販売促進システム「チームラボハンガ―」、メガネ型デバイス「Telepathy One(テレパシー・ワン)」を開発。

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あおき・しゅんすけ/ロボットクリエイター/ユカイ工学株式会社 代表取締役
東京大学在学中に、チームラボ株式会社を設立、CTOに就任。その後、ピクシブ株式会社のCTOを務めたのち、ロボティクスベンチャー ユカイ工学を設立。ソーシャルロボット「ココナッチ」や、フィジカルコンピューティングキット「konashi」などセンサーやスマートフォン、ネットワークを生かした開発を得意とする。共同開発では、脳波で動くコミュニケーションツール「Necomimi(ネコミミ)」、ハンガー型次世代販売促進システム「チームラボハンガ―」、メガネ型デバイス「Telepathy One(テレパシー・ワン)」を開発。

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東京大学在学中にチームラボ株式会社を設立、CTOに就任。その後、ピクシブ株式会社のCTOを務めたのち、ロボティクスベンチャーユカイ工学を設立。ソーシャルロボット「ココナッチ」などセンサーやスマートフォン、ネットワークを生かした開発を得意とする。共同開発では、脳波で動くコミュニケーションツール「Necomimi(ネコミミ)」、ハンガー型次世代販売促進システム「チームラボハンガ―」、メガネ型デバイス「Telepathy One(テレパシー・ワン)」を開発。

NEWS | ニュース

1) 幼い頃からロボットに興味があったんですか?

昔から工作は得意だったんですが、中学2年生の頃に観た映画『ターミネーター2』でマイルズ・ダイソンがカチカチカチと開発しているシーンを見て、「やばい! めちゃくちゃかっこいい! これを作りたい!」と思ったんです。それでパソコンを買ってもらい、学校の帰りに秋葉原に寄って、パーツショップをのぞいたり、パソコンの本や雑誌を立ち読みしたりしていました。でも、当時、インターネットが登場する前。パソコンはパソコンオタクが触るものみたいな感じだったので、そういった話は友だちにできなかった(笑)。もくもくと雑誌の付録のフロッピーディスクに入っているゲームをしたり、しょぼいゲームを作ったりしていましたね。
高1の頃、インターネットが出てきて、パソコンの雑誌のなかではすごく盛り上がっていたんです。高2の時、「Microsoft Windows 95」が発売されて、ようやく簡単にインターネットにつながるようになった。大学ではロボットを作りたいと思って、人工知能の世界で有名な先生がいる学部を選んだのですが、受験勉強しながらもインターネットに早く触りたくてしょうがないという感じでした。

2) 実際に大学に入って、どうでしたか?

相当失望していたというか、挫折していたというか。みんな大学に入るとウキウキしてテニスとかのサークルをやりはじめるけど、僕はテニスがやりたいわけじゃない(笑)。自分が読んでいたパソコン雑誌には「シリコンバレーではスタンフォード大学の先生が、いろいろなベンチャーで最先端のことをやっている」とか書いてあるんですけど、僕のいた環境はそういうこととはまったくかけ離れていて、僕自身が夢中になれるものがなかなか見つからなかった。かなり暗黒時代でしたね。とりあえず、インターネットはおもしろそうだったので、大学に入ったらすぐにホームページを作ったり、プログラムを書いたりするアルバイトを始めました。
そんななか、大学2年のクラス分けで猪子くん(チームラボ代表・猪子寿之氏)と出会った。彼はまた相当ぶっ飛んだ感じで浮いていて、一日中「インターネット!」って叫んでました。本当です。ビル・ゲイツみたいに大学に入ったら優秀な友だちとすぐに会社を作って、大学3年で大学を中退するみたいなイメージだったらしいんですけど、「ベンチャーでプロダクトを作ろう」みたいなノリはまったく周りに理解されなかったんですね(笑)。それで、なんとなく仲よくなったんです。

3) チームラボの原型のようなものは、大学2年のときにはじめたんですか?

そうですね。僕はプログラマーのバイトをしていましたが、猪子くんもまずバイトするところからはじめるといって、インターネット広告の会社でバイトをしていました。自分たちでは「リコメンデーションエンジン」と呼ばれているAmazonでおすすめを出すような機能を作ろうと、何人かで集まって論文を読んだり、プログラミングをしたり。合コンしていることも多かったですけどね(笑)。僕は文化祭前日みたいな、みんなで集まってワーッとやるというのが好きなんです。だから、そういう雰囲気がめちゃくちゃおもしろかったですね。ほかにも、ニュースを見ているとおすすめのニュースがどんどん配信されてくる、今でいうとGunosyのようなのサービスを作っていました。ただ、そのときはスマホはなかったですし、ニュース自体もネットにほとんどなかったので、ユーザーといっても2000人もいかないくらいでしたね。

4) 大学卒業後にチームラボを会社化したんですか?

大学4年の時ですが、大学院に行こうと思っていて、院試に受かった矢先、バイト先だった会社が初仕事をくれたんですね。君たちベンチャーならこれ作れるでしょうと。卒論もやらないといけない時期だったけど、せっかく来た仕事だからと、会社を立ち上げました。会社サイトの構築、メールサーバーの構築やロゴ、名刺の作成……っていうのを全部ひとりでやりましたね。結果、仕事はなんとか納品できたのですがでも、卒論を書いている時間がなくて留年してしまいました。お金が入ったのでとりあえずオフィスは借りたんですが、当時は会社がどうやって回っているのか全く分かってなくて、何をすれば食っていけるのか見当がつかなかった。当時純粋なネットサービスで収益化できているのはYahoo!くらいだったので、自分たちが何を作れば収益化できそうか、イメージが全然沸かなくて。今考えると毎日遊んでいましたね。そうしていたらすぐにお金がなくなってしまって、節操なくいろんな仕事をやりました。そのうちだんだん大きな仕事が取れるようになって、会社も時代とともに徐々に大きくなっていった感じです。

5) チームラボをやめようと思ったのはどうしてですか?

テレビで流れていた、HONDAのニューヨークの地下鉄からASIMOが上がってくるCMにめちゃくちゃ感動したんですよね。テレビを見ながら涙がでるくらい感動したんですよ。ただロボットを作るというだけじゃなくて、人間と一緒に生活をしているというところがまさに未来じゃないですか。やはりロボットを作らずには死にきれないと思いました。あと、当時は愛知万博でロボットベンチャーが結構出てきていて、ベンチャーでもロボット開発ができるんだと。それまでロボットでビジネスができる気もしなかったですし、それで生きていけることも想像できなかった。ただ、そういうチャレンジを始める会社が出てきたので、自分もやらないといけないと思って、2006年にチームラボを辞めたんです。その時には、チームラボも大きくなっていて、社員も200人を超えていました。

6) ロボット事業をチームラボでやらなかったのはなぜですか?

チームラボは会社の規模を大きくしていこうという方針だったんですが、僕自身はそんなに大きいチームを作りたいわけじゃなかった。たとえば、大規模なECサイトやポイントシステムを作っていたんですけど、そういうのって突出したアイデアが必要なわけじゃない。クリティカルな部分なので緻密には作らないといけないですが、アイデア面は必要ないので、こういうことをずっと続けたくはないなと。そこで退職までの1年間は、おもしろいことをやらせて欲しいという話を社内でして、オモロ検索エンジン「SAGOOL」を作りました。ちょうどGoogleがすごい力をつけはじめたときで、自分たちも検索で何かをやりたかった。ただ、規模やスピードでは勝てないから、何で勝とうかなと考えたときに、おもしろさだったら勝てるんじゃないかなと。それで、ネット上で流行っているかどうかをもとにランキングをするという検索エンジンを作ったんです。
それまで、僕はCTOという立場で仲のいい人を誘って入社してもらったり、学生を引っ張ってきたりしていたんですけど、彼らに相当キツい仕事をしてもらっていた。キツい仕事をやっている仲間がいる場所で、自分だけ勝手にワクワクしたりはできないですよね。みんなですごいプロダクトを作って、みんなでヒットさせるということがやりたかったので、チームラボを辞めることにしたんです。
あとは、海外も行ってみたいなと思っていて、縁あって中国に行って現地の大学院に入ったんです。中国にいる間にロボットを作り始めて、日本の国の補助金も取れたので、2年間は補助金でロボットを作っていました。
最初は「カッパノイド」を作りました。当時、歩くロボットを戦わせることが流行っていたんですけど、僕はあまり興味なかったですし、普及する気もしなかった。もっとコミュニケーション寄りのほうがニーズがあるんじゃないかなと思ったんです。あとは、女性や子どもが使えないとお父さんのおもちゃになってしまうので、そういう意味でもコミュニケーションありきのロボットなら、多くの人に使ってもらえるのではないかと。これは今でも変わりません。

7) 現在、ユカイ工学ではいくつのプロジェクトをやられているんですか?

4年前、「ネコミミ」くらいから問合せが増え始めたので独立したんですが、最初のうちは、ロボットやハードウェア関連の仕事はあまり需要がなくて、請負のソフトウェア開発も結構やっていました。最近ですと、プロジェクトが常時20くらいは走っていますね。メンバーが10人を超えるくらいになってようやく自社プロダクトをガンガン作れるようになったという感じです。独立する前はピクシブでCTOをしていて、週末はユカイ工学の活動をするという、週末起業のようなスタイルでした。ピクシブの社長の片桐さんがすごく応援してくれていたので、オフィスもピクシブの中に置かせてもらっていたんです。片桐さんと仲よくなったときはまだピクシブもなかったし、本当にボロ会社だった(笑)。ピクシブでは、みんなで一つのプロダクトに純粋に集中することができました。ひとつ軸のあるサービスやプロダクトがあると会社も大きくなれるという貴重な経験ができましたね。

8) ロボットを作る上でいちばん大事なことはなんですか?

やはり見た目は大事。というのは、中身だけの技術だけでみれば、自動販売機や自動改札機も十分ロボットなんです。PIXARがすごく好きなのですが、映画『ウォーリー』は無機質なのに、めちゃくちゃ表情が豊かじゃないですか。ああいうのはすごいなと思います。キャラクター性を感じられるかどうか、というところが自分にとってはロボットの最も大事な要素なので、そういう意味でも見た目の重要度は高いと思います。

9) 今後やりたいこと、ビジョンを教えてください

PIXARとスタジオジブリの作品は好きで全部観ているんですけど、僕が描くイメージとしては、宮崎駿監督の『となりのトトロ』みたいな世界が作りたいんです。まっくろくろすけみたいなものがいたり、トトロみたいなものがいたり、いろいろなロボットと一緒に住んでいる、ロボットがコミュニケーションの中心にいる社会というのを、実現させたいですね。

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