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「前例」をぶっこわす、車いすアスリートが生まれるまで【前編】

2015.7/8

Oyako title uehara

生まれつき、二分脊椎という障がいを持ち車いすでの生活を送る、上原大祐
しかし、彼には「どこか不自由なところがあった?」と思わせるような、人並みはずれた前向きさやパワフルさにあふれている。
アイススレッジホッケー(※)競技銀メダリストであり、障がい者と健常者が共生する社会を目指すNPO法人「D-SHiPS32」の代表、そして製薬会社の社員と、多様なフィールドで活動する日々。
"ハンデ"を持ちながらも、人一倍バイタリティを持って生きる理由を、彼と彼の母・鈴子さんに聞いた。
(※冬季パラリンピックスポーツのひとつでスレッジという道具に乗って行うアイスホッケー)

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「障がいがあるからできない」は絶対に言わない

ーーさまざまな肩書きを持ち、活躍をされている大祐さんですが、幼少期はどんなお子さんだったんですか?

鈴子 とにかく友だちが周りにたくさん集まってくる子でしたね。想像力が豊かなので、いろんな遊びを考え出すんです。どの遊びもユニークで面白いということで、「大ちゃんと遊びたい」っていう子が多くて。人を寄せつける不思議なパワーを持っているなと思っていました。

大祐 毎日、川に飛び込んだり、トンボとかカブトムシを捕ったり、泥だらけになって遊んだり。いわゆる野生児です(笑)。車いすも壊しまくったよね。

鈴子 車いすは泥が天敵なのに、平気で田んぼに入ったり、すごく高いところからも平気で飛び降りたりするもんね。

ーーかなりのワンパク少年だったことが伺えますが、お母さんとしては心配ではなかったですか?

鈴子 なくはないんですけど、「危ないからさせない」ということはしなかったですね。本人がやりたがることは、ほぼやらせてました。
たとえば、アイロンがけをしているときも「やけどするから危ないよ」と言っても、「やりたいやりたい」って聞かないので、だったらやってみなさいと言ってやらせてみる。それで熱いところを触ってしまったら、「あちち」ってなってようやく納得するんです。

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ーー好奇心旺盛なお子さんだったんですね。そうなると、障がいのせいでやりたくてもできないことがあると、余計につらかったのではないでしょうか?

鈴子 たとえば周りの友だちが自転車に乗りはじめる時期になると、やっぱりこの子も乗りたがるんですね。でも「障がいがあるから無理だよ」とは言いたくなくて、じゃあどうすればできるのかを考え、手でこぐ自転車を見つけてきました。
スケート教室でもみんなと同じようには滑れないので、補装具をつけて少し大きめのスケート靴を履かせました。そして一人では立てないから、サポートをしてあげて氷の上を楽しませることに成功したんです。
「足が悪いからできない」と思ったらそこで終わりなんですけど、いつも何か方法はないかと考えていましたね。 
もちろん、学校の友だちと100%同じにとはいかないんですけど、「やりたいことができる楽しさ」は感じさせてあげたいと常に思っていました。

大祐 いまって「障がい者だからダメだ」とか「できない」っていうのを勝手に決めつける風潮が世の中にあるんですよね。ともすれば介護の人とか福祉関係の人、そして親がいちばんの「差別者」になっているかもしれない。関わっていない人ならともかく、身近な人が「できない」と決めつけてしまうんです。
でも、最初から無理だと言うんじゃなくて、アイデアひとつで大概のことはできるようになるし、可能にする方法を考えるべきだと思います。
そういう考え方は母に学んだ部分が大きいかもしれません。

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健常者と障がい者、そこに線引きをしてはいけない

ーー子育てするうえで大変だったことはありますか?

鈴子 教育の場を用意することが、いちばん難しかったですね。幼稚園や小学校に入学するときにぶつかる壁は多々ありました。
健康な子であれば何の問題もなく入れるんですけど、うちの場合は「車いすだから普通学級は無理でしょう」とか「学校のなかが車いす用にはなっていない」とか、はなから無理ですよっていう対応をされるんです。
私の子育ての最終目標は、「大祐を自立させる」こと。絶対に普通学級に入れて、みんなと勉強して成長していってもらいたいと思っていました。
だから「99%無理でしょ」と言われても、私は「1%(可能性が)あるじゃない」って思って、何とか納得してもらうように話し合いを重ねていました。
最終的には向こうが「1年だけ様子を見ますか」と折れてくれて、私が付き添うという条件で入れてもらったんです。

ーーどんなに言われても、諦めなかったんですね。

鈴子 最初は同級生の親御さんも、車いすの子がクラスにいることに批判的だったんですけど、だんだんと「大ちゃんがいるとクラスの雰囲気もいい」「接し方を教われてすごくよかったです」と言ってもらえるようになりました。
大祐も車いすの知り合いがたくさんいるけど、みんな環境には苦労してるよね?

大祐 私が小学校に入学した時から27年経ってるけど、いまも状況は変わらない。「前例がないことはできない」って言われるのがほどんどです。いまも学校に通わせるのに苦労しているという親御さんが多いですね。
たとえば、入学を希望している小学校から、突然「お父さん、明後日お昼に来てください」と連絡があって、「すみません、仕事があって…」というと、「じゃあ、お子さんを学校に入れる気がないということでよろしいですか?」って言われたんです。
ほかにも、水泳をやりたいって思っていた女の子がいて、プールの授業があって入りたいという話をしたら、校長先生に言われたのが、「溺れたときに陸まで一人で戻れないとだめです」って。
…というか、溺れたときに一人で陸まで戻れる人は世界中探してもいないですけどね(笑)。そんなトンチンカンなことを教育者が平気で言っちゃう。
断り文句で多いのが「前例がないので無理です」なんだけど、そもそもやろうとしてないんだから、前例なんて一生作れない。

鈴子 私も実際に、「うちの保育園では障がい児を受け入れた前例がないので無理です」って断られたことがありました。
「じゃあやってみればいいじゃない。前例作ってみればいいじゃない」って思うんですけどね。

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ーーなぜ前例を作ろうとしないんだと思われますか?

大祐 そもそも障がい者と関わってないので、関わり方が分からないんです。だからこそ、小さい頃から健常者と障がい者が交わる場所を作ることが必要。
僕の同級生たちは、車いすの押し方とか分かってるんですよね。そうすると、「別に大祐普通じゃん」って知ることができる。
だけど、きっかけがないと結局関わらないまま大人になりますよね。それで教師になって障がい児が入学したいと言ってきても、関わり方が分からないから「前例が…」と言って断るということになってしまう。
結局ずっと変わらないままになってしまうんです。

鈴子 でも、そういう状況を大祐は壊そうとしてるんだよね。

大祐 壊すんじゃなくて、全部ひっくり返さないとダメ(笑)。NPO法人の「D-SHiPS32」を立ち上げて、健常者と障がい者が交流できる仕組みを作ろうと考えたのも、そろそろこういう状況をひっくり返してやると思ったから。

鈴子 健常者と障がい者、お互いに教わることはいっぱいあるんです。失敗することもあると思うけど、私はこれまでと変わらず「やってみなきゃ分からない」っていう考え方だから。大祐には思う存分やってみてほしい!

後編「親が『100%のいってらっしゃい』を言えば子供はがんばれる」につづく

Interview/Text: 末吉陽子
Photo: 神藤 剛

上原大祐

うえはら・だいすけ/社会起業家、アイススレッジホッケー競技銀メダリスト。 1981年、長野県出身。生まれながらに二分脊椎という障害を持ちながら、そのバイタリティと明るさでリーダーシップを発揮。19歳で出会ったアイススレッジホッケーに熱中になり、2006年トリノパラリンピック日本代表として選出され、日本人選手最多のゴールを決めた。10年のバンクーバーパラリンピックでは、準決勝のカナダ戦で決勝ゴールを決め、銀メダル獲得に貢献。現在はアスリートとして、会社員として、そしてNPO法人「D-SHiPS32」の代表として多方面で活躍する。

http://qreators.jp/qreator/ueharadaisuke

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