慶応大学先端生命研究所、所長・冨田勝氏に訊く、“山形県鶴岡市”で今何が起こっているか。

2015.12.16

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山形県は鶴岡市に、慶應義塾大学先端生命科学研究所(Institute for Advanced Biosciences , IAB)がある。設立は2001年、現在から約15年前のことだ。新規産業を根付かせるために、当時の市が誘致した。幾年の時を経て、種は殻を破り、芽を覗かせている。日本最先端のバイオテクノロジーが、ビジネスとして根付き始めているのだ。世界で初めて蜘蛛の糸を人工的に量産することに成功し一躍話題となった「Spiber(スパイバー)株式会社」も、この研究所から生まれた。地方再生・創生が急がれるなか「真に独創的な仕事は、地方でないと成しえない」と語る、同研究施設所長である冨田勝氏にお話を伺った。現在最もエキサイティングな街、鶴岡市。そこには、独創的な研究に魂を燃やし日本の将来を見据え続ける人々、種に水を注ぎ続ける人々の眩しい姿があった。

(前回までは)

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未来の若者のために、未来の日本のために。鶴岡の市長が魅せた覚悟。


——鶴岡がモデルになって、他の地方でも動きは出ていますか?


冨田:鶴岡を日本の地方再生の成功例にすることが重要だと考えています。すでに成功モデルだと言ってくれ始めてはいますが、僕としてはまだまだこれからだと思っています。企業が上場したというのはスタートラインに立っただけとも言えますしね。これから本当に産業が大きくなって、雇用が増えて、日本にそして人類に貢献できる町になるには少なくともさらに15年は見ないと分かりません。ただ一つ言えることは、鶴岡市は地方創生の成功例となるために、できることは全てやっています。


——それはどのようなことでしょうか?


冨田:まず自治体の、鶴岡市の腹の据わり方が半端ではない。鶴岡市はサイズも典型的な地方都市。典型的に人口減少で疲弊していき、このままでは消滅するだろうと言われていた。農業と観光も頑張らなければいけないけれど、同時に必要なことは新しい産業を興すことだろうと。そこで15年前、当時の市長が立ち上がった。ゼロから新しい産業を生み出す。コスト競争で勝てない日本には、知的産業しか残されていない。そのためには核となる研究所が必要。だから誘致しようと。


——当時、市としてはどのような雰囲気だったのですか?


冨田:当面経済効果なんてないわけですよ。学部を誘致すれば、学生がそこに住むことで当面の経済効果は見込めますが、研究所では研究者が数十人程度。最初の5〜6年くらいは市民から批判もありました。「慶應の研究所があることでどんなメリットがあるのか?」と。そこで市長は「これは次の世代への種まきだ」と言った。30年後の鶴岡をどうしようか考えた時に、今から種を撒いておかないと間に合わない。新しい産業を育てるのには時間がかかるのだ、と。

今の社会も、過去に先代が種まきしてくれたおかげで豊かになっている。次の世代のために種をまくことは、私たちの使命なのだ、と。僕は東京生まれ東京育ちですが、鶴岡で成功例を出すことは、日本の将来のためになると確信しました。

僕は鶴岡のためというよりも、日本のために活動している自負があります。典型的な地方都市である鶴岡に成功例をみんなで作り出すことで、他の地方都市の手本となる。それが僕らの使命です。結果として鶴岡市が潤うことはもちろんあってほしいけれど、それが最終目的では決してありません。冗談抜きで、日本の将来のためになると確信しています。

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「地方>東京」という未来。若者たちが「東京に飛ばされる」と言い放つまで。


——今後の展望はありますか?


冨田:愛知県でいう「トヨタ自動車」のような、その町を支える大きな産業をゼロから作ることです。シリコンバレーのような何の変哲もない地方都市から、アップルやグーグルが誕生した。それは面白い人がいっぱいいるからでしょう。結局、人なんです。面白い会社や面白い人が集まって、「ここに会社を作りたい。クリエイティブな部門を置いて、ワイワイ楽しそうにやりたい」という輝く町にしたいんです。

日本のサイエンスに足りないのはそれだと思います。楽しさがイマイチですよね。日本の学園都市にはワクワク感が足りていません。立派な研究所が並んではいますが、リゾート感がない。アメリカやヨーロッパの大学には、芝生やテニスコート、インドアプール、サウナ、レストランでビリヤードができて、ゲームセンターとバーもある。そういう感覚が日本にはないですよね。研究施設だけ揃えて研究だけやってください、といった風潮がある。それが日本の研究力、サイエンス力を落としている理由の一つかと。子供の理科離れの原因もそこにある。子供の頃楽しかった理科が、だんだん楽しそうに見えなくなってくる。研究の合間にテニスをしたり、プールで泳いだりして、家に帰ってから楽しそうに研究の続きをやる。そういうカルチャーを作りたい。


——そういう意味でも、地方は科学に適していると言えそうですね!


冨田:例えば、大会社の多くは本社が東京にありますよね。地方には支社がある。支社に転勤になることを俗に「飛ばされる」といいます。明らかに格下に見られている証拠なんです。それを逆転させたい。本当に素晴らしい人が、地方の最先端企業に就職して、仕事はエキサイティング、プライベートはスローライフという一粒で二度美味しい生活を送る。そういう生活を多くの若者が夢見る未来。「残念ながら地方で職が取れなかったから、都会に就職することになった」という流れを作りたい。

慶應鶴岡初のベンチャー企業の本社はすべて鶴岡にありますが、東京の事務所に転勤になることを「東京に飛ばされる」と言います(笑)。地方が格下に見られているうちは、真の地方再生はあり得ません。みんなが地方で働きたいし、暮らしたいと思う時代を作らなくてはいけないですよね。もちろん時間はかかるけれど、僕はできると思っています。そうすれば必ず日本は変わると思います。




修学旅行、ゼミ、研究会、精魂込めて何かに打ち込む際、我々は昔から必ずのどかな地方で合宿を張ってきた。地方再生の急務が叫ばれる昨今、「東京>地方」の固定観念に縛られていては未来を切り開けない。山形県鶴岡市には、鶴岡の地に限らない、明日の日本を思案して動く人々の姿があった。「残念ながら東京に転勤になってしまった」若者がそんな言葉を囁くとき、この国の未来は明るく拓けるのだ。

Interview/Text: 石川ゆうり
Photo: 神藤 剛

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冨田勝

とみた・まさる/慶應義塾大学先端生命科学研究所所長・同大学環境情報学部教授/生命科学者・情報科学者
人工知能など情報科学の応用技術をベースにして、ヒトゲノム解析やメタボロノーム解析などの生命科学分野の研究者・教育者。
学生時代はインベーダーゲームの達人で東京六大学インベーダーゲーム大会に出場して準優勝。コンピュータに魅せられ、1980年に世界初のパソコンで漢字出力できる「Apple漢字システム」を独りで開発した。
1981年に慶応義塾大学工学部を卒業後、人工知能の研究のため米国カーネギーメロン大学コンピュータ科学部へ進学し、指導教官のHerb Simon教授(ノーベル経済学賞)から1985年に博士号(Ph.D)取得。1987年、音声認識と自動翻訳を組み合わせた世界初の「音声翻訳システム」のデモを行いCNNなどで特集され、翌年レーガン大統領より米国立科学財団大統領奨励賞を受賞した。
1990年に帰国して慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の教員となり、汎用細胞シュミレーションソフトウェア「E-cell」や統合システムバイオロジーというパラダイムを発表するなど、生命科学分野で目覚しい研究成果を上げている。2001年の慶応義塾大学先端生命科学研究所立ち上げの際には所長に就任。「NHK教育テレビで1996~2002年まで放送された科学教育番組「サイエンスアイ」のレギュラーコメンテーターも務めた。

http://qreators.jp/qreator/tomitamasaru

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