研究者とはドラクエの勇者のごとし。理研チームリーダー・村山正宜が語る、研究者の苦悩と至上の喜び

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村山正宜(むらやま・まさのり)。理化学研究所 脳科学総合研究センター 行動神経生理学研究チームでチームリーダーを務める研究者である。高校二年生まで、プロサッカー選手を目指すほどのスポーツ少年だった村山は、そこからどのように生物学に魅了され、また現在のような第一線で活躍する研究者となったのか。研究者の苦悩と喜びとは。彼の母校である埼玉県立伊奈学園総合高等学校で行った講演の一部をお伝えする。

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そもそも研究者って何?どんな仕事をしているの?


研究室にこもり、ひたすら研究、研究、また研究

「科学者」というものに対して、皆さんはどんなイメージを持っているでしょうか。マッドサイエンティストなど、部屋に閉じこもっている印象を抱いている方もいるかもしれません。その面は確かにあります。科学者とは、文字通り、科学を専門にする学者です。研究室にこもり、研究に没頭することも多くなります。


新しい事実を見つけ、論文を書き、次の研究費をもらい、研究を行う。その繰り返しが人類の科学を発展させる

では、「科学者の仕事」というものにはどういうイメージをお持ちでしょうか。当然研究することが仕事です。しかし、顕微鏡は空から降ってくるわけでも、朝起きたらサンタさんが枕元に置いてくれているわけでもありません。数百万円くらいする高価な機材はざらにありますから、そういったものを自腹で買うことは出来ません。そこで我々研究者は、あることをします。国や民間の財団から、研究費をもらうために、綿密な研究計画書を書くんですね。それを審査員に見ていただき、許可が出ると、研究費をもらえる。その資金で研究機器を購入し、研究し、データ解析をして、成果を論文にまとめます。ひとつの論文が出来上がると、また次の研究に移ります。そうなると、また研究資金が必要になりますので、論文を根拠に、新しいプロジェクトの計画を書いて、研究費を申請する。この繰り返しなんですね。ですから論文や計画書を書けないと、研究が出来なくなり、研究者としてやっていけなくなってしまう。研究者は物書きでもあるのです。

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新聞配達をしながら勉強をしていた浪人時代


僕は理研(理化学研究所)の脳科学総合研究センターでチームリーダーをやっています。これは大学で言うと教授にあたります。大学を卒業してすぐにリーダーになったわけではなく、まずは博士研究員から始まりました。ひとまず、自己紹介もかねて、研究員時代の生活をお話ししたいと思います。


新聞配達で予備校代を稼ぐ。過酷な受験勉強

僕は元々高校ではあまり勉強しておらず、途中で理系に転身しましたから、研究者を志した時点で浪人が決定してしまいました。当時、予備校に通う資金が無かった僕は、独学でやるか、どうにかして自分で予備校代を稼ぐしかなかった。そのときに新聞奨学生という制度を知りました。朝夕に新聞配達をすることで、10万ちょっとのお給料がもらえる。さらに年間60万円の奨学金がもらえるんです。そのお金で予備校に通い始めました。だいたい夜の8時には寝て、朝の1時に起きて、新聞配達をする。6時頃には配り終わり、朝飯を食べながら英単語を勉強していました。眠いので、シャーペンの先端を太ももに刺しながら勉強してました。みんなが午後も予備校に通う中、夕刊を配るために僕は途中で帰らなくてはいけないような、過酷な環境でした。そうして東京薬科大学に入学したわけです。


学生結婚。愛する妻のために行った情熱の就活

大学に入り、大学院で修士号、博士号を取り、スイスのベルン大学生理学部に留学しました。なぜその大学を選んだかというと、僕が憧れていたボス(教授)がいたからです。知り合いのつてもありましたが、情熱をアピールすることで留学することができました。少しその当時のお話をします。

博士二年生の冬、僕は学生結婚をしていました。あと一年で卒業という時期に、僕はまだ就職が決まっておらず、妻のご両親に心配されてしまいました。それで取り急ぎ、そのボスに連絡を取ってみたんですね。当時は会ったこともありませんでしたが、自分の給料は自分で賄えるなら研究室に受け入れてもよい、と言われました。日本の研究財団に研究留学を申請し、許可が下りれば、三年間のお給料がでます。スイスのボスはそのことを言ったんですね。しかし僕はその制度にことごとく落ちてしまって、大変困っていました。

そんな時でも、ボスとは留学中の研究内容について綿密な議論を続けていました。その一つが、特殊なレンズを取り付けた光ファイバーをネズミの脳に設置し、ネズミが自由に行動してる最中に神経活動を光で計測しようという研究です。これは世界で誰もやった人がおらず、成功するかどうかもわかりませんでした。しかし僕はその時、妻に30万円を借りて、光ファイバーと、ドイツからは特別なレンズを買ってきて、自分で実験を始めてみました。これには博士論文も書かずに没頭しました。すると、その装置がうまく働いたんです。すぐにそのことをボスにメールしました。「光ファイバー型レンズ自作したら上手くいきました。僕のことを雇ってくれないなら、これを持って他の研究室への留学を考えるけどいいですか?」と。ある意味、脅しですね。ボスがそのことを学部長に話したところ、僕の気概を認めてくれて、なんと学部から給料が支給されることとなり、無事に留学が決まりました。それが博士三年の11月です。卒業まで4か月ほど。ぎりぎりのところで就職が決まったんです。妻もご両親もほっとしたことでしょう。そして何より自分が……。

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研究者=勇者。命がけで過酷な「研究者」という仕事


血尿が出るほど研究に打ち込んだ、新人研究員時代

さて、念願叶って研究者としての道を本格的に歩み始めた僕ですが、それは本当に楽しい、でも過酷な仕事でした。僕が日本に帰っても、もう戻れるポジションはありません。根無し草です。結果が出ないと終わりです。2位じゃダメなんです。だから寝る事、昼飯、夕飯を忘れるほど研究に打ち込みました。血尿が出るほど、もう本当に死にものぐるいで実験を繰り返しました。1年の1/3は睡眠時間が2~3時間でした。ここまで聞くだけで、皆さん、研究者になりなくないでしょ? ちょっと待ってください! 普通に考えても、辛いだけだったらこんなに頑張りません。冒頭でも言いましたが、研究は本当に楽しい時間でもあるのです。実験をやればやるだけ結果が出て、新しいアイディアが生まれるのです。知的好奇心が満たされるのです!


科学することは、ドラクエと同義なり。命がけで世界に貢献する「研究者」という仕事

科学することは、ドラクエと同じだと考えています。「おいおいゲームですか。研究とゲームを一緒にしないでくれ」、と他の研究者は言うかもしれません。確かに、自然の素晴らしさを人工物で例えるほど、愚かなことはありません(例:冬空の星空を綺麗なイルミネーションね、と例える事)。ただここでは、高校生の皆さんに少しでも研究の事を分かって頂きたいので、あえてドラクエで例えてみます。
勇者(研究者)は目的(興味や疑問、自然真理の解明、治療等)があるから旅立ち(研究し)、行く手を阻む様々なモンスター(技術的困難)に対して武器(研究手法)を変え、そのモンスターを退治し、遂には目的(自然真理の解明等)を達成するんですね。これはまさにドラクエと一緒だと思いませんか? 我々はこの旅を、「知の探求」と呼んでいます。研究者はこの旅の中で新しい仲間(共同研究者)を発見をしたり、時には戦いで全滅(実験で失敗)します。お金(研究費)で武器等(研究機材)を買い、または自作し、それを使って戦う(研究する)ことで経験を貯めて、レベルアップしていくんですね。適切なタイミングで冒険の書(論文)を書いて、また新たな冒険へと旅立つ。
神経科学者が解明したい事は昔から変わっていません。10年前だろうが1000年前だろうが、意識って何? 自分って何? という疑問は解かれていません。紀元前のアリストテレスやデカルトの時代から変わっていません。これら疑問は不変ですが、ではどうやって解明すべきでしょうか。科学の進歩は爆発的に進んでいます。10年前では想像できないような新しい研究手法が現時点でのスタンダードになっています。新しい手法ができれば、次から次へ小さな疑問が解明されます。その間にまた新しい手法が開発され、研究に応用され、小さい疑問が解明される。このサイクルを回しながら少しずつ前進しています。だからこの調子で新しい武器をどんどん作っていけば、意識の真理の解明を遂げられるかもしれない。ないものは作る。これも研究の醍醐味の一つです。

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未来の研究者へ、村山さんが本当に伝えたいこと。


研究って大変な仕事だなと思いましたか? 確かに大変な仕事です。でも良いこともあります。それは、生涯現役でいられるということです。理研だったら定年以降でも研究を続けることができます。元気なら理研だったら100歳までだって研究が出来ます(きっと)。そしてなによりも素晴らしいのは、現役であればその間ずっと知的好奇心が満たされます。また、自然真理を探究することの喜びがあります。古代ローマ、それ以前から脈々と受け継がれている疑問を自分が果たして解けるのかどうか、そこにロマンがあります。新しい結果がでれば、常にワクワクしていられる、素晴らしい職業だと僕は思います。神経科学者だけでなく、全分野の研究者の仕事は、人の幸せに貢献できる。病気や事故で苦しんでいる方の力になれる、最終的には地球に貢献できる。

研究者は、誰でも目指せる職業です。なかなか厳しい側面もありますが、人類や地球に貢献出来るのです。ワクワクすることが待っていますから、是非勇者たる研究者に興味を持っていただけたら幸いです。

Interview/Text: 倉持ゆうり

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村山正宜

むらやま・まさのり/理化学研究所 脳科学総合研究センター 行動神経生理学研究チーム チームリーダー
1977年生まれ。宮城県生まれ、埼玉県育ち。プロのサッカー選手を目指し、サッカー推薦で埼玉県立伊奈学園総合高等学校に入学。しかし、高校二年のときにプロの道を断念し、生物学の道を歩む。2006年、東京薬科大学大学院生命科学研究科博士課程修了。2010年までベルン大学生理学部で博士研究員を務め、2010年より理化学研究所(理研)に在籍。
理研では行動神経生理学研究チームのチームリーダーを務め、2015年5月には「皮膚感覚を知覚する脳の神経回路メカニズム(感じる脳のメカニズム)」を解明した。

http://qreators.jp/qreator/murayamamasanori

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