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神社をメディアとして捉えよ!「神社学」の人気教授中村真が語る「本当の神社の姿」

2015.12.31

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パワースポットなどという安易な言葉では片づけられない神社の本当の魅力

中村さんにとって神社とはどんな場所ですか?
年始に初詣するところ。霊的な何かを感じるパワースポット。受験や縁結びの神頼みをするところ。大抵の人が考える神社とはそんな場所だろう。しかし神社の本質はそこではない。今回それを語ってくれたのが尾道自由大学で「神社学」教授の中村真氏だ。
尾道自由大学で校長を務め、イマジン株式会社の代表取締役として事業も展開するなど多忙を極めながらもこれまでに1万回以上、参拝をしてきたという中村氏に神社の魅力を語っていただいた。

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日本人の中に古来からあるセンス、そういうものが神社には表現されている。


———中村さんが考える神社の魅力とは何ですか?

神社は、宗教としての神道の施設ではありますが、そこに囚われると宗教という括りから出られなくなります。僕が興味があるのは、神道の宗教化される以前の土台の信仰の部分なんです。

僕は神社というのは神道の施設ではなく、「神様がいる場所、神の社」と定義つけています。古代の人々は肌に感じる風、雨だとかいったすべての自然現象を神様がいる証だと考えて自然崇拝として置き換え、目に見えないものを信じていました。
例えば太陽の光を遮る雲がでてた時に雲の切れ間から光が射す。するとその射した光を光の柱(天使の階段と呼ばれる自然現象)と捉え、天と地を繋げている神様が現れる現象だと考える。この光の柱には神様が表現される事があるので、神様を数える時には1神、2神と数えないで、1柱(はしら)、2柱(はしら)と数えます。つまり、光そのものに神様の存在を感じていました。
他にも、すごい雲が出てきて雷が鳴る自然現象。この雷も天と地をつなぐもの。昔は「雷」という漢字も「神成」(かみがなる)と書かれていて、神がおいでになるというところから言葉が生まれたのではないかという説もあるくらいです。

つまり神様は自然崇拝そのもの、そしてそれを表現したのが神社なんです。
神社のしめ縄を雲と見立て、しめ縄からギザギザの白いもの紙垂(しで)がでていて、そこに鈴があるでしょう。それを鳴らすとゴロゴロと音が鳴り、神様が出てくるのでそこで拝む。これは雷という自然を崇拝していたからそれを祀り、拝む場所として神社を作ったということなんですよ。自然の中に神様を見出していくという日本人の中に古来からあるセンス、そういうものが表現されている神社が僕は好きなんですね。

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普段使っている言葉や、当たり前に知っていることを神道に沿った考え方で紐解いていくと・・・


———神社の魅力について、もっともっと語っていただきました!

神社にある鏡の前に座り鏡を覗くと、そこには当然ですが自分自身が映ります。そして、「かがみ」から「が(我)」をとると「かみ(神)」でしょ?我を捨てて鏡に座るとそこには神様が映っているんです。つまり、自分自身が神様なんですよ。
こういう風に古来からのものでダジャレが残っているものって結構あるんです。
例えば、神社を参拝する前に手を洗って汚れを払う行為を禊祓いと言いますが。それを行う目的は、昔の神話で”依存しているものから手を離しなさい””権威とか立場を捨てなさい””固定概念を捨て明(あか)き心を持ちなさい”と記されているんですね。つまり汚れを払っていくと、明(あか)き心が残る。明(あか)き心を持った人間、それはどんな人間かというと生まれたての人間のことです。だから生まれたての人間を「赤ちゃん(明ちゃん)」と呼ぶんです。
このように、普段使っている言葉や、当たり前に知っていることを自然崇拝や神道に沿ったところでの考え方や言葉の生まれ方で紐解いていくと面白ものがたくさんあります。そういった点も神社の魅力ですね。

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江戸時代まで、神道という宗教はなかった


———神道と神社について

実は江戸時代まで、神道という宗教はなかったんですよ。昔から神道という言葉はあるし、神道という信仰はあるが、それは宗教ではなく日本人なら誰しもが持っていた心そのものだったんです。明治以前は宗教として別物扱いされておらず、明治以降に神道という宗教団体として存在させられたんです。私たちが知っている神道という宗教は意外に新しい物ですが、考え方・思い・信仰というものは昔からあるものなのです。
なので、私はこの神社熱も一過性のブームではなく、昔からの日本人の心が戻って来たのだと捉えています。

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神社を参拝する前に心がけることとは?


———神社を参拝する前に心がけている事はありますか?

参拝は神社に行き手を叩く事が大事ではなく、何よりも参拝する前に「行こうという思い」を込めることが大事なんです。この気持ちさえあれば、玄関を開けてすぐ参道は始まるんだといつも言っています。
お世話になった方に挨拶に行く前に思いを馳せるように、参拝に行く前に「その神社で祀られて神様は誰なのか、どんな神様にどんな挨拶をするのか」という思いを馳せながら参道を歩くというプロセスを1番重要視しています。

———中村さん流の神社の楽しみ方ってあったりしますか?

僕の考え方ですが、神様って神様を思う気持ちがある人が多ければ多いほど、確実に存在するようになる。昔から人の心が、神様を作っているんです。古くからある信仰というのはその土地の人達の大勢が「神様と一緒に暮らしている」という前提の元に過ごしてきたこそ根付いている。神社にとって大切なものは神社の建物や歴史のすごさというよりも、地元の人々がどうやって神様と一緒に暮らしているか、神様を思って生きているか。それを見て感じるのが面白い。だから僕はチャンスがあれば神社の周辺の人々に声をかけて話を聞くということをしていますね。

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「神社はメディアだ」という中村氏その真意とは?


神社は少しの知識と、しっかりとした思いがあれば様々な事を教えてくれる場所です。神社に行くと「この神様だったらこの作りはおかしい」「この御神紋はどうして?」ということがあります。これは戦国時代のなごりなんです。神社の歴史というのは上塗りの歴史で、戦国時代は隣の藩で争いをして占領すると神社にいた元々の神様の上に、自分達の神様を上塗りするという事をしていたんです。だからこの神様なら、このスタイルであるべきなのにというズレが生じる事があるんです。
そこに気づくと、その土地の1000年や2000年前の歴史や暮らしとか風土を知ることに繋がっていく。そうした神社への思いと興味を持ち、ちょっと勉強すれば神社から過去の色々なことを知ることが出来る。そういう意味で僕は神社は情報の集積場所であるし、情報の発信地である「メディア」だと考えています。
また昔の人は神社を人とつながるサロン的に使っていた側面もあったと思うんですね。
だから、現代でも全ての神社にWIFIが設置され、旅人が神社に情報を取りに行く事が当たり前のように行われるようになったら素敵だなあと考えたりしてます。



中村氏の語り口も相まって聞けば聞くほど引き込まれていく神社の魅力。普段は初詣くらいしか行かない人、神社と聞くと宗教をイメージしてしまい敬遠しがちな人。そういった人達にこそ、ぜひ中村氏の話をじかに聞いたり、著書を読んでいただきたい。中村氏の話を聞けば、神社がもっと身近なものに感じられるはずだ。

Interview/Text: 飛田周平

中村真

なかむら・まこと/イマジン株式会社代表取締役/尾道自由大学校長 「神社学」教授
1972年東京生まれ。雑誌『ecocolo』や書籍『JINJABOOK』などを発行する出版社の代表を務め、現在はイマジン株式会社代表として「Five Sence Project」を展開し、五感に響く出版、イベント、広告などのプランニングや、社会貢献プログラムなど様々なメディア活動を展開中。また2013年より広島県尾道市に「尾道自由大学」を開校し、校長に就任。学生時代より世界を旅し、外から見ることで日本の魅力に改めて気づき、温泉と神社を巡る日本一周を3度実行。神社をこよなく愛する日本男児。登拝と献笛を生きがいとする。

http://qreators.jp/qreator/nakamuramakoto

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