QREATORS

東京の資源を活かした“地産地消”で躍進を目指す。町工場社長が語る日本の「ものづくり力」

2015.9/25

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日本の町工場の技術力は、世界から注目を浴びている。
そうした高い技術を結集したプロジェクトのひとつが、2013年に深海8000メートルの探査実験に成功した「江戸っ子1号」。

下町の中小企業と大学が連携したこのプロジェクトを牽引したのが、墨田区にある浜野製作所である。少量多品種の精密機器の製造をはじめ、ものづくりのスタートアップを支援するシェアファクトリー「ガレージスミダ」の運営など、従来の町工場のイメージを覆すような取り組みにチャレンジしている。

墨田区優良工場にも認定された浜野製作所の二代目社長である浜野慶一氏に、町工場のこれから、そして日本のものづくり力について話を伺った。

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量産型から少量多品種へ大転換。時代の流れを読んでいた父親の言葉

――大手企業からの下請け業務だけではなく、異業種と協働した製品作りや、産官学連携の開発プロジェクトなどいろいろな試みをされている浜野製作所ですが、1993年に会社を引き継がれた当初からこうした事業を考えていらっしゃったのでしょうか?

浜野 最初は全く考えていませんでしたね。父親の死去によって会社を継ぐことになったのですが、それまで8年ほど別の町工場で修行していたので、現場の仕事はある程度分かるものの、経営はいちからでした。
父親と一緒に工場を支えてくれていた職人さんも高齢で辞めていくなか、一時期は僕ひとりで加工から箱詰め、配達までする日々。今日明日のことを考えるのが精一杯でしたね。

ただ、その仕事もだんだんと切羽詰まってきたんです。それまで、浜野製作所でやっていた仕事というのは、いわゆる量産型の製造。ちょうど私が会社を継いだ年くらいから、量産型の製品は海外から調達してくる流れが出てきました。そうした状況下にあって、本当に仕事が取れなくなってきてしまった。
それから、さてさてどうしようかなと思考した結果、試作・開発・少量多品種の仕事を増やすことで、仕事のステージを従来の “情報の下流部”ではなく、“情報の上流部”に上げていこうと考えるにいたりました。

――仕事の内容を大幅に変えることに、抵抗はありませんでしたか?

浜野 じつは、私が別の工場で修行していた8年間というのは、少量多品種の製品作りを学んでいたんです。
というのも、生前に父親から「お前の代には量産の仕事は海外に移るだろうから、どうせ技術を覚えるんだったら小量多品種の仕事を学んでこい」と言われていて、そうした技術が学べる工場に就職したんです。
当時は、それほど問題意識も持っていませんでしたが、時代の移り変わりとともに父親の言っていた通りになっていって、なかなか先見の明がある親父だなと思いましたね(笑)。
工場を建てるのにはお金がかかるので、どうしようかなと悩んだ時期もありましたけど、2000年にレーザー加工機などを導入した精密板金ができる工場を建設しました。

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若い人が働きたいと思える「おもちゃ箱みたいな工場」

――ビビットな赤い外壁が特徴の工場ですが、一般的に抱く町工場のイメージとは異なり、洗練された印象を受けます。これも狙いがあってのことでしょうか?

浜野 工場を続けていくためには、人材というのは欠かせません。ここで働きたいと思ってもらうためにも、環境を整えることは大事だなと思っています。
じつは以前、職場環境の大切さに気づかされる出来事があったんです。

会社を継いでからすぐの頃、ひとりで仕事を回すのに限界を感じて、ハローワークで従業員を募集したことがありました。ただ、なかなか応募がないまま1年ほど経った頃、「68歳未経験の男性が面接に行きたいと言っている」という連絡が入りました。
年齢も年齢ですし、未経験だけど大丈夫かな……と不安に思いつつも、その日のうちに会うことにしたんです。しかし、約束の時間になってもなかなか来ないので周囲を探しに行ってみると、年格好からしてもその男性と思われる人が手にハローワークで渡された紙を持ち、工場の前に立ってなかの様子をうかがっていました。声を掛けようと思ったそのとき、突然立ち去ってしまったんです。

私にとっては当たり前の仕事場の風景でしたが、客観的に見てみたら全く違ったんですね。
その男性と同じように、工場の前に立ってなかを見てみると、油まみれで汚く、ここで働きたい人はいないだろうなと思うような空間がありました。
私自身、この工場には未来はないなと思った。その時に、人に働いてもらうにはそれなりの空間を作らないといけないと痛感したんです。
私はもともと家業を継ぐ気はなかったのですが、父親からものづくりの楽しさを聞かされてこの世界に入り、本当にやりがいがあって面白い仕事だなと思ってこれまで続けてきました(※詳しくは弊社プロフィールページより)。
しかし、この仕事の楽しさに触れる前に、環境など外見の部分で判断されてしまうのはもったいないなと思って、新工場建築の際には、なかを覗き込みたくなるような「わくわくするようなおもちゃ箱みたいな工場を作ってほしい」と依頼したんです。

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――いまでは、40名近くが働く人気の町工場になられたわけですが、従業員の成長を促すために心掛けていることはありますか?

浜野 ひとつは、若い人たちに任せるということですね。
会社がまとまらない時期は、皆の意見を聞くより社長がぐいっと引っ張ることが必要だと思うんです。でも、ある程度組織が固まってきたら任せた方がいい。
私はそれに気がつかないで、「俺についてこい」ということを一時期続けていたんです。だから、その時はどうがんばっても会社は良くならなかった。
従業員を信用して任せることができるようになってから、どんどん新しいことができて会社の様子も一変しました。

たとえば、海底探査艇「江戸っ子1号」の開発プロジェクトでは、工学系の大学院を卒業してうちに入社したばかりの女性社員をリーダーに抜擢しました。
一番成長できるのは現場だと思っているので、そういう機会を積極的に与えるのが社長である私の役割だと思っています。

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誰かの役に立つ技術こそが“付加価値”になる

――町工場で働きたいという若い人がいる一方で、町工場全体をみると墨田区だけでも3000社程度……最盛期の約3分の1までに減っています(2015年現在)。その現状についてどのようにお考えでしょうか?

浜野 町工場は設備も必要ですし、技術の習得も時間がかかります。お金も時間もかかる大変な業種なので、これから新規参入して経営しようという人は少ないのは確かです。減ることはあっても増えない業種ですよね。
そのため、これまで会社ごとに細分化されていた技術を集積させるなどして、ともに生き残りをかけていかないと、日本の技術力が衰退していってしまうと思います。

――日本の技術力を次世代に伝えていくために、浜野製作所ではどのような取り組みをされているのでしょうか?

浜野 たとえば、東京の資源を活かしたものづくりを積極的に行っています。
東京の資源・資産とは何かというと、「大学(産学連携)」「研究機関」「デザイナー」が世界的にも集積していることだと思っています。東京は大学が集積していて、デザイナーの数も多い。
当社では、電気自動車「HOKUSAI」や海底探査艇「江戸っ子1号」の製作で、大学と連携してプロジェクトを進めてきましたが、これまで中小企業はそうした資源を使えていなかったんです。
なぜ使わなかったかというと、今までは大手から仕事の発注を受けていればよかったから。
でも、グローバル化で量産型の仕事が海外に流れる中で、生き残るにはこうした資源をうまく使って、次の道へ進んでいく取り組みをしていく必要があるのだろうと思います。

東京って世界的にみても、ものづくりに適していないと思うんです。土地代も人件費も、日本で一番高いですしね。しかも、中小企業は海外に工場を出せるかというと難しい。なので、中小企業の経営戦略として、地域の特性や資源を活かしたものづくりが重要だと考えています。

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――正確さと緻密さが評価される日本のものづくりですが、世界的にみて価値ある技術力があるといえるのでしょうか?

浜野 全体的にみると、日本人のものづくりは気が効いていると思いますね。
たとえば、部品のここが角になってたらもっと良くなるとか、より良いものを作るために仕様書に書いていないアイデアを実践しようとします。人への思いやりとか優しさみたいなのが感じられるんです。そうした根本的なところが、技術力にも繋がっているんじゃないかなと思います。

あと、これからは技術だけがすごくても意味がなくて、使う人の役に立つ技術が最終的には付加価値に変わっていくのだろうと思います。いくら良いものを作っても、誰の役にも立たない技術は意味がありませんから。
プレス加工の原型に雄型と雌型があるように、ものを作る側がいたら、使う側がいる。常に相手の気持ちやニーズを汲み取ったうえで、ものづくりをしていきたいと思っています。
本当に小さな町工場ですけど、世の中の人が笑顔になれたり、少しでも生活しやすくなったり、誰かの役に立てるような仕事ができたらいいなと思っています。


9月28日(月)19:30〜21:00の六本木アートカレッジ・セミナーにて、浜野慶一氏が登壇します。浜野氏と話題のMC教師こと沼田晶弘氏のトークから見えてくる、リーダーの素質や日本のものづくり力とは?

【概要】
六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ〜クリエイティブな人の考え方って?〜
第4回「プロジェクトデザインの力〜町工場と小学校から見えてくるリーダーに求められる要素とは〜」
※詳細・お申し込みはこちらから

http://www.academyhills.com/school/artcollege/detail/qreatoragent20150928.html

Interview/Text: 末吉陽子
Photo: 神藤 剛(人物)

浜野慶一

はまの・けいいち/1962年東京都墨田区生まれ、84年東海大学政治経済学部経営学科卒業、同年都内板橋区の精密板金加工メーカーに就職。93年創業者・浜野嘉彦氏の死去に伴い、株式会社浜野製作所 代表取締役に就任、現在に至る。「おもてなしの心」を経営理念とし、さらに「製造業はサービス業である」をモットーに、 レーザー加工・金型・精密板金・プレス加工を手がける、今、中小ものづくり企業で最も 注目されている経営者のひとりである。地道な事業の一方で、産学官連携として電気自動車 「HOKUSAI」、深海探査艇「江戸っ子一号」、異業種連携としてアウトオブキッザニアによ る工作教室、工場巡りツアー・スミファを主催する「配財プロジェクト」など、多数のプロ ジェクト事業に取り組む。墨田区「フレッシュゆめ工場」「すみだがげんきになるも のづくり企業大賞」などさまざまな賞を受賞。サービス業を追及し、働いているスタッフが誰 よりも楽しむことができる、「製造業版ディズニーランド」を目指し日々活動を行っている。

http://qreators.jp/qreator/hamanokeiichi

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