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鎌田安里紗「自分をつらぬける強さは、父と母の子育て法にありました」

2015.8/17

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現役慶應大学院生モデル。エシカル・ファッションの情報発信、途上国支援と、モデルの他にも活動の場を広げている鎌田安里紗さん。


社会問題に目を向けファッションというツールで発信する姿は、同年代の若者からも支持されているが、中学時代はギャルの格好に「ヤンキー」とレッテルをはられたこともあったそう。

勉強が楽しいのも、ギャルファッションが好きなのも同じ自分。枠にはまらず自分をつらぬける強さは、どこからくるのか?

大学教授である父・磨人さんと母・敏子さんの話から、子育ての秘訣を探ります。

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赤ちゃんのときから「個人」として接する

ーー ギャルモデル、エシカルファッションプランナーなどいろんな肩書きを持って活動をする安里紗さん。小さい頃はどんなお子さんでしたか?

磨人 とにかく負けずぎらい!

安里紗 そうかな(笑)

磨人 うちは兄と妹の2人兄妹ですが、「お兄ちゃん」「妹」という言葉を使わないようにしていました。お兄ちゃんや妹という言葉でくくると、その役割を意識してしまうから、それぞれのアイデンティティを大事にするという意味で、「啓生(ひろき)」「安里紗(ありさ)」と名前で呼ぶことを決めていたんです。

安里紗 確かに「妹らしく」とか言われたことはないよね。

磨人 そのせいなのか、安里紗は啓生にすごく対抗心をもっていましたね(笑)。仲はよかったけど。啓生より何日早く自転車に乗れるかっていうのを気にしたり。啓生が富士山登るって言ったら私も登るって言ったり。

敏子 私が小さい頃に印象的だったのは、言葉を覚えるのが早かったということですね。話をしだした2歳くらいの頃から、「ものごとを的確に言う人やな〜」と思っていました。

安里紗 それ、いつも言うよね。小さい頃からポエティックなこと言ってたって。でもどんな言葉だったかは思い出せないんだよね(笑)。

敏子 大人だったら見過ごしてしまうようなことを言葉にすることがあって、驚くことが何度もありましたね。将来は、なにか言葉を使うようなことをやっていくのかなと、漠然と思っていました。

ーー いま大学院で「パターン・ランゲージ」を研究されているそうですが、幼い頃から言葉に興味を持っていたんですね。自然とそうなったのでしょうか?

敏子 なにかを無理矢理やらせるということはなかったですね。子ども2人ともそれぞれに個性があると思っていたので、できるだけ本人が持っているものをそのまま発揮できるように、「邪魔をしない」ということは、気をつけていました

磨人 そうだね。無理になにかしなさいと言ったことはないと思う。あと、やりたいと言っていることには、反対しなかったしね。

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安里紗 「やりなさい」って言われたことないけど、「やりたい」って言うといつもできるようにサポートしてくれたよね。

磨人 あと、選択肢をできるだけ増やしていくっていうのはありましたね。

敏子 でも、それもこっちが楽しいことを子どもたちと共有してきたっていう感覚です(笑)。私たちが自然の中で過ごすのが好きだったので、すごくアウトドアに育っていると思いますね。初めてのおでかけは、生まれて2カ月くらいで行った海です。

磨人 まだ歩けないときから山歩きには行ってたし、最初に歩いたのは湿原の遊歩道だったしね(笑)。

安里紗 え〜それは初めて聞いた!

敏子 そうそう。あと、よく覚えているのは、0歳のとき、山の奥で薪能(たきぎのう)があって、それに連れて行ったこと。周りの人は0歳の子に見せたって分からんって言うんですけど、私たちは小さくても、きっと分かるって思っていましたね。

ーー 赤ちゃん扱いをせず、接していたんですね。

敏子 そうですね。「分かる」という設定で、物事もちゃんと説明してきました。子どもだから分からないだろうとか、そうは思いませんでしたね 
たとえば私が仕事で家を空けるとき、十分時間をかけて、子どもたちを前にして家を空けなきゃいけない理由を説明していました。それも0歳くらいからやっていましたね。

ーー 安里紗さんは、ご両親の育て方でこれは感謝しているとか、影響を受けたことはありますか?

安里紗 やっぱり一番は、小さい頃から個人として扱ってくれたことですね。これをやれとか言われないし、やりたいことはサポートしてくれるし。
ギャルになったときは一瞬ギャルの枠組み入れられそうになったけど(笑)、基本的には枠組みなしで、ひとりの人として見てくれるところは感謝してます。好きなことをやっていいんだと思えましたね。

磨人 好きなことしかしてへんな。

敏子 みんなね(笑)。

安里紗 周りの人を見ていると、いろいろ言われすぎて自分に自信がなくなって、やりたいと思ったこともあきらめちゃう人が多いように思う。
自分がそうならなかったのは、小さい頃から名前で呼ぶとか、分かると思ってしゃべってくれるとか、無理にやらせたりしないとか、そういったことのおかげかなと思います。

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選択肢や経験を与えるだけじゃない。とにかく一緒に楽しみました

磨人 昔から絵本が好きで、毎晩、何回もくり返し読み聞かせてた。動物を招待するパーティがあるっていうのを絵本で見て、それを実際にやろうって言いだしたことがあってね。裏山に行って、動物への招待状の手紙を木に吊るしたりして。

安里紗 そうそう、お正月は毎年その裏山に登って、そこで摘んだ木苺で作ったケーキを食べたりしてたんです。今年のお正月に久しぶりに父とその裏山に登って、「ここに手紙を出しにきたんだよ」って聞いたんですが、ぜんぜん覚えてなかった(笑)。

敏子 絵本の中のことを実際にやりに行くっていうのは、たくさんしましたね。『グリとグラ』に出てきた、ホットケーキを山に焼きに行くとか。おじいちゃんもおばあちゃんも一緒にね。

安里紗 家に父と母の本がたくさんあったから、本は好きだったかな。本に触れるのは当たり前な環境でしたね。

敏子 絵も描いたしね。

安里紗 絵も描いたね! 粘土や毛糸でなにか作ったり。

敏子 お花で染め物したり、蜜蝋(みつろう)のろうそくを作ったり、火をおこしてみたり、そういう手仕事をたくさんしましたね。

磨人 母さんが全部やってみたかったことだよね。

安里紗 そうそう(笑)。

敏子 自分が楽しみたいことをみ〜んなでやっていました(笑)

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ーー 親子で一緒に楽しんでやっていたんですね。

敏子 幼稚園の先生がシュタイナー教育を熱心に勉強している方だったので、私たちも一緒にやる機会がいっぱいあって。とにかくいろんなものを作っていましたね。
色や音や感触を大事にしていました。耳をすまして聞くこととか、そういう感性を磨ける環境の中にいたと思います。ゆる〜くですけどね。覚えているかどうかは分かりませんが、そういうことを一緒にしながら子育てをしてましたね。

安里紗 全部の記憶はないけど、香りや手触りは覚えてる。お店で「なつかしい匂いがする」と思って聞いてみたら蜜蠟のロウソクだったりとか。
ドイツに行ったときは、手触りのいいおもちゃがお店に並んでて、小さいとき家にあったのを思い出したり。そういう香りとか手触りとか、感性を育てるのにいい環境にいたんだね。

敏子 食べ物や肌につけるものとかもオーガニックだったり。私自身が好きだったので、それを楽しんでいたところはあると思います。

ーー 話を聞いてると、すべて今につながってるってわかりますね。言葉に興味を持っていることやオーガニックのことも。

敏子 そうですね。

安里紗 楽しんでやっていたことの中で、好きなものだけ取り込んだっていう感じなのかもしれませんね。

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0歳から赤ちゃん扱いをせずに接していたり、名前で呼ぶことを徹底していたり。そうしたことで安里紗さんのアイデンティティが育まれていったんですね。

後編では中学で急にギャルになったとき、家族はどういう対応をしたの?といった話に続きます。

Interview/Text: 橋村 望
Photo: 森弘克彦

鎌田安里紗

かまだ・ありさ/モデル。タレント。1992年、徳島県生まれ。高校進学と同時に単身上京。在学中にギャル雑誌『Ranzuki』でモデルデビュー。撮影などの活動を続けながら、2011年に慶應義塾大学・総合政策学部に現役合格。現在は同大学の大学院に進学、芸能活動も続けている。途上国の支援活動に関心が高く、自身のブログでも情報を発信。JICAの『なんとかしなきゃ!プロジェクト』のメンバーにも選出され、フェアトレード製品の制作やスタディ・ツアーの企画などを行っている。

http://qreators.jp/qreator/kamadaarisa

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